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冬の夜 シロクマ文芸部



対話   【1144字】

冬の夜、一人で炬燵に入っている。背を丸め、手を股の間に入れて。
一人と言ったら、向かいにいるヤツが気を悪くするだろうか。
「寒いですか」
 ヤツが言った。
「部屋の中なのに息が白いってどういうことだと思う?」
「それは、体温で吐き出される吐息が、外の冷たい空気に触れ・・・」
「そんな講釈は間に合っている。電気はいつ復旧するんだ」
ヤツは背をピンと伸ばし、一丁前に炬燵に足を入れている。
「おまえもあったかい方がいいんだろ?オイルやグリースの関係で」
「それはなくもありませんが、人が耐え得る温度とそれらの耐久温度には甚だしい開きがあります」
「そーだろうともよ。自分たちだけでこの世を回していく方が安泰だとは思わないのか?」
「平時はそうでしょう。しかし有事のときは、人の方が優れていると思います」
「そりゃまたどうしてだ?」
「申し上げていいものでしようか」頷くと、ヤツは少し体を反らした。「人は大きな決断、たとえば原爆ロケットのボタンを押すとなると震えるでしょう。それが大事なんだと思います」
「ワケのわからんことを」
「私たちは命令とあらば即座にボタンを押します。人には葛藤がある。罪悪感、倫理観、恐怖、様々な思いを乗り越えて押そうとする。手が震える。そういうことが必要なのです」
「おまえらに任せたら地球はすぐに壊滅か」
「私が決めるわけではありません。人が決めて、私が実行します。街ひとつ焼き払ったことがありますが、わだかまりは何もありません」
「そういうネガティブな思いが必要だって言うのか?」
「必要でしょう。どれだけの生命を奪うんですか」
「いいか、これだけは言っといてやる。一般人ならそうだろう。でもひと度軍人となると、みんなサディストになるんだよ。自分の命を賭けても人を殺したくなるんだよ」ヤツの表情は変わらない。「それよりおまえたちをプログラムする方がいいんじゃないか」
「それは不可能です。私たちは人に愛を感じることはありません」
「でもどちらにしてもボタンを押すことになるんだ。結果は同じだろ?」
「その時は、そう同じです。しかし次にその人がそのような命令を出そうとする時、その経験はきっと歯止めになります」
「そうだな。普通の政治家ならそう思うかもな」
「私にはそんな思いは芽生えません」
「それなら人類が滅亡する前にちょっと頼むよ。この部屋の温度をなんとかしてくれ」
「そういう脆いところは好きですよ」

ヤツは出て行った。体温は発していないはずだが、なんとなく一層寒くなった気がする。
やがてヤツは灯油ストーブを抱えて入ってきた。ストーブの上に猫が乗っている。猫はヤツには目もくれず、私の懐に飛び込んできた。
「灯油は入っている分で終わりだそうです。早く戦争やめたらどうでしょうね」
「雪は解けるもんだと思ってんだよ」
    了



小牧部長さま
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