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ハチミツは シロクマ文芸部


ステキな恋人、ハチミツ


ミツバチ   【1272字】

 ハチミツは認知されていなかった。
 思いがけず入管で止められた。職員に睨みつけられ、ひるんだ。私は後ろ手に手錠をかけられ、空港の保安室に連行された。
 そこには三人の強面こわもての男たちが待っていた。
「これはなんだ?」と訊かれていることはわかった。しかし、いくら「ハチミツだ」と訴えようが叫ぼうが相手には届かない。
 冬の日本を発った時には固形だったハチミツは現地ではゲル状に変わっていた。
 警備員だか入管職員だか警察官だかわからない男たちはニコリともしない。ハチミツの瓶をさめざめと眺めては何事かを呟く。
 そうだ!爆発物だと思っているのだ!それはなんとなく想像できる。もし私が彼らの立場だったら、琥珀色に怪しく光る物質を何と思うだろう。ワケのわからない見慣れない物体を前にして、本人からは何の情報も得られなかったら、私はそれをいかがわしい物質と認定しないだろうか。その男を怪しい男と思わないだろうか。
 アカシアの咲くこの地で、私はハチミツ採取をしたかっただけなのだ。経済的に少しでも豊かになれば。そう考えただけなのだ。決して私利私欲のためではない。と言うか、ここで一旗揚げようとは思った。それは否定はしない。しかしそればかりではないことをどうかわかってほしい。
 私はこの大地にやってきた最初のミツバチだ。か弱いミツバチなのだ。
 だいたい私が悪人に見えるか?テロリストに見えるのか?確かに見慣れない外国人はあやしく見えるかもしれない。だが、どうか真っ新まっさらな気持ちでこの私を見てほしい。
 私は少し笑ってみた。イヤ違う。微笑みを、口角を上げてみた。しかし男たちの態度は何も変わらなかった。

 男たちはようやく何かを決めたらしい。私は数時間ぶりに手錠を外された。手首が痛む。しかししかめっ面はできない。何でもない顔をして手首をさすった。
 ああ、なんという不運だろう。
 男たちは私が逃げないように足枷を嵌めた。逃げたりなんかしないよ。意思の疎通がてきないのが、これほどまでに厄介なこととは思ってもみなかった。
 私は彼らに囲まれて、また別の部屋に連れて行かれた。どこに行ってもこの状況が好転するとは思えなかった。
 少し上等な部屋のドアを開くと男たちの上官、もしくは上司らしい男が上等な机に向かっていた。
 彼もやはりワケのわからない言葉をしゃべった。
 私は言った。にこやかに「ハチミツ、ハニー」あくまでもにこやかに。上官はやはりソッポを向いた。彼らにアジアの辺境の地でしか話されていない言葉がわかろうはずがない。
 上官はハチミツの瓶を手に取り、何かワケのわからないことを言った。そして私に手招きをした。
 私が近づくと、彼は思いがけず私にハチミツの瓶を手渡した。そして先ほどまで一緒にいた男たちに何ごとかを告げた。
 私には千載一遇のチャンスに思えた。私はハチミツの蓋を思いっきり捻ると蓋を外し、そこに手を突っ込んだ。そして、それを思いっきり頬張ったのだ。
 男たちはよろめくように後ずさったが、やがて笑い出した。
 相変わらず言葉はわからなかった。しかし彼らは急に流暢に言葉を発し、にこやかに私の肩を叩いたのだ。
    了


とーかしてゆくーぅ♫


小牧部長さま
よろしくお願いいたします




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