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マフラーに シロクマ文芸部



単調な旅   【1111字】

マフラーに反った枯葉が付いていた。私がそれをそっと摘むと涼子は言った。
「またくっついてた?もうすっかり葉は落ちてるのにね」
 

図書館傍の遊歩道のベンチを覆うように、欅の大木がある。夏の間はそれが日避けとなって、冷房で冷えすぎた体を戻すにはちょうど良い空間となっていた。そこに座る涼子は、木漏れ日が騒いでもじっと手元に視線を落としたまま身じろぎもしなかった。そんな彼女をたびたび見かけて、堪らず声をかけたのはいつのことだったか。
学部こそ違え、インドア派の私たちはかなり真面目な学生だった。アパートとキャンパスの往復がルーティン。それを外れるのは、やんごとなき用事のときだけだった。
 
仕送りの多い涼子は帰り道にあるスーパーに寄って買い物をし、私はコロコロ変わるアルバイト先を巡っていた。やがて人が苦手なんだということがわかってきた。自分の中で上司にあれこれと難癖を付けては辞めてしまった。耐えられる範疇だろう。私の中のもう一人はそう言ったが、表の私は頑固だった。他人の欠点を探しては、頭の中で増幅させて嫌になる。そんなことを繰り返した。
 
アパートに帰ると、涼子の冷めた手料理を食べる。それでも涼子の作るものは美味しかった。そんなことを何の感慨もなく続けていた。
「腰を落ち着けてみたらどう?」
「どうしても嫌になっちゃうんだ。仕方ないだろ?」
「今はそれでいいかもだけどね。一生懸命就活してもさ、結局同じことになるんじゃない?」
「そうかもな」
そんな会話を何度となく繰り返した。思えば、もうそこで涼子は私に見切りをつけていたのかもしれない。涼子が必ずゴムを付けるように要求したのは、そのせいだったんだと今更ながら振り返る。
 
ある日、思いがけず出かけようと言う涼子に付き合った。この街のメインストリートにあるスターバックス。そのテラス席に座った。室内にもちらほら空席があったにも拘わらず、そこを選んだ涼子が気になった。
コーヒーを半分くらい飲んだところで、涼子は目の前のビルを指差した。背の高い透明のエントランスの下半分を何かのオブジェが隠していた。
「私、あそこに就職が決まったの」
「決まった?内定じゃなくて?」
「そう。父が重役なのよ」
「そうなんだ。お嬢さんじゃないかとは思ってたけど」
「お嬢さん?私が?やめてよ。お嬢さんがあんなボロアパートに住む?」
「理由はわかんないけどね。俺と同棲してちゃマズいのか?」
「卒業したら実家に戻るの」
「あと一年か。こうやって終わるんだな」
「まぁね。でも楽しかったよ」
楽しかった。楽しいことなんて私には何も思い至らない。
 
寒がりの涼子は初冬になるとマフラーを巻く。そのマフラーから、今日はタバコの匂いがした。
        了


元気でね


小牧部長さま
よろしくお願いいたします


ザ・ハニワーズです♫
昨日、お越しいただきましたみなさま
ありがとうございました<(_ _)>
惜しくも見逃したみなさま、次回はぜひ!

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