鬼ヶ島 白4企画
鬼ヶ島 【1775字】
桃太郎は訝った。
「あなたはその、赤鬼さん。こちらの代表ではない?幹部というわけでも」
「如何にも。ぼくは平民、平鬼です」
大きな木の根元の大きな岩に腰を下ろした桃太郎の前に、片膝をついて頭を垂れた赤鬼が言った。
その手に武器はなかった。
「それがどうして私に話など。トップでないと和平交渉はできないよ」
「もう滅んでもいい。そう思っているんです。ぼくたちはこの先、生きていけそうにはありませんから」
悔し涙だろうか、それとも悲嘆の。顔を上げた赤鬼は白目まで赤かった。
「それはまたどうして」
「ぼくたちだって平和に暮らしたい。でも街の人はもちろん、村の人もぼくたちには何も譲ってくれない。ぼくたちは最初、物々交換を申し出た。ぼくたちの収穫といえば、ほとんどが魚だから。でもダメだった。みんなで話し合ってお金を用意することにした。それでも何も買うことはできなかった。ぼくたちは海の恵みで生きてきたけど、もう限界なんです」
「普通に暮らしたいと思っているんだな」
「その通りです」
「それはここのみんなの総意なのか?」
「もちろんです。総意もなにもみんなそのつもりだったんです。街や村の人たちと交流を持つのは当たり前のこととして」
「ではどうして変わったんだ?君たちは今や海賊だ。街に来れば暴徒として恐れられている」
「ぼくたちも生き物です。病気になれば薬もほしい。でも手に入らない。奪うしかない。短絡的だと思われるかもしれません。でもそれまでには何匹もの仲間の命が失われました」
「人口、いや仲間の数は減っているんだな」
「3年前くらいに風邪の症状に似た妙な病が流行って、半分になりました」
「そうなのか」
エテの愛称で知られる猿がやってきた。
「ここには奪えるものなんてありやせんぜ」
「エテ、もういいんだ。戦は終わりだ」
「どうして。まだまだどっかに隠れていやがる」
「どうかもうやめてください」赤鬼が言った。
「なんなんです?こいつ」
「今、鬼ヶ島の状況を聞いてるところだ。すまんがキジとドクもここに連れてきてくれ」
「マジっすか。あいつらどこにいるのかわかりゃしねぇ」
「たのんだぞ」
赤鬼に負けない赤ら顔を綻ばせて猿は去って行った。
「ありがとうございます、桃太郎さん。あなたがいらっしゃることはわかっていました。そしてそれがぼくたちの最期だということも」
「皆殺しにはしないよ」
「このままではどうせ、ジリジリと昆布で首を絞められるように死んでいくんです。スッパリ殺された方がいい。そう思っていました」
「そんな悲しいこと言うなよ」
「現実なんです。もう健康体の鬼は一匹もおりません。潔く死んでいこう。あなたの船が見えたとき、ぼくたちはこれで苦しみから解き放たれると喜びました」
「では、どうして今、君は命乞いをする気になったんだ」
赤鬼はこと切れて横たわる仲間たちに目をやった。
「むごいからです。みんながこうして亡くなる姿を見たくないからです」
「戦とはそういうものだ」
「わかっています。男はみんな切り刻まれてもいい。しかし女、子どもは見るに忍びない」
赤鬼の目からいよいよ大きな粒の涙が溢れた。
桃太郎は幾度も頷いた。
「では聞こう。この島に宝の伝説はあるか?」
「ございます。西の洞窟に昔の海賊の宝が眠っているというものです。でもさんざん探しましたがありませんでした」
「大丈夫。一緒に来たキジの羽根は伝説を現実にする力があるんだ」
「ならばどうぞ、お持ち帰りください」
「私もここに来たからには手ぶらで帰るわけにはいかない事情がある。情けない話、見栄というやつだ」
「わかります。それを咎めるつもりは毛頭ありません」
「よかった。君たちには医薬品を用意させる。そして医師を街から連れてくる」
「どうして、そんなことを」
「君たちにも生きる権利があると認めたからだ」
「ああ、なんと申し上げてよいやら」
「これまでの人間の非礼を赦してくれ」
「とんでもございません。ぼくたちのこの姿を見たら、怖いのは当たり前。それに実際乱暴、狼藉を働いた者もおりました」
「それもこれも全部チャラだ。いいな。全部なし。今後仲良くやっていけるよう、私も力を尽くしたい」
「ああ、なんというお方。桃太郎さん、ありがとうございます」
桃太郎と3匹の動物は船にいっぱいの財宝を積んで、鬼ヶ島を後にした。
その後、この赤鬼との約束が果たされたのかどうかは、誰も知らない。
了
*鬼を神として祀る神社は全国に4社
「鬼神社」(青森県弘前市)、「鬼鎮神社」(埼玉県嵐山町)、「鬼神社」(大分市の天満社境内)、「鬼神社」(福岡県添田町にある玉屋神社境内)
白鉛筆 様
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