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ス・マ・ホ  うたすと2

作詞:八神夜宵さん
作曲、歌唱:大橋ちよさん

いつものように、まずはお聴きくださいね♫
すると文章の中身が入ってくると思います
たぶん・・・


電脳世界とは混濁である


アイデンティティ   【1023字

ギラギラとやたら眩しい電飾の上を滑る言葉は淫らで心地よい。
ここには生来1ミリの後悔もなく、しかし虚しさは無限に降り積もっている。


現実に投下された果実はしかし、痛みを産む。とんでもない痛みだ。街の電飾は激しく鳴り響き、中枢を麻痺させる。
カイトが放った言葉は誰にも届かず、そよ風にも無視されて工事中の養生シートを煽って落ちた。
カイトはまた目を伏せ、銃を撃つ。先月、恋に落ちたユキと背中をくっつけて回りながら乱射すると、小屋の陰にいた迷彩服が呻き声を上げて倒れた。
2人は回りながら部屋に駆け込み、まだ輪郭しかない椅子に腰を下ろした。
ユキはいつものように真っ黒いコーヒーを淹れた。言葉は電飾の表面を流暢に滑り、くだらない話は線路が続く限り繰り返される。行き着くところまで行く覚悟なんてない。
カイトはルーティンのショッピングに出かけた。華やかなモールの左右を眺めながら、中華のBコースを注文した。明日の戦闘服は青系のアースカラーに決めて、その場で着替えた。これまでで一番似合ってる。
支払いは全てイーサリアムで完結する。こんな世界が人の満足とやらを作るのさ。
ユキと中華を食べた。コーヒーはもう冷めていた。
「カイ、その服なんなの?」と横目で見ながらユキは言った。
「今日からこれでいくんだ」
「やめてよ、私の前では」
「この良さがわかんない?」
「3丁目のゴミ箱で拾った?」
コーヒーカップを投げた。扇を広げたように冷めたコーヒーがナノ世界の宙に広がって、すぐに霧散した。意味なんていちいち翻訳されない。何も知らない空調が掟に従って後始末を瞬時にやってのけた。
「俺のセンスがわからねぇんだな」
「ただあんたと相性が悪いだけよ」

部屋を出て夢遊するカイトは、行きずりに頭をガツンとやられた。滅多に見ない己の血が目の前を覆って世界を悲鳴で満たした。
でもそれは心地よい嘆きだったようだ。鼓動と同じピッチでやってくる痛みは、ユキを自我から放出する悲歎を和らげてくれた。それはむしろ美しくさえあった。
いいさ、またすぐに別を探すさ。そんな気軽さでカイトは黙る。

耳元を煩雑に通っていく足音に目を開けると、道端のゴミとなっていた。
カイトは右手を見た。握りしめた輝く電飾は赤い警告を発したかと思うとすぐに暗転した。
「終わったな」
通りすがりのオヤジはそう言って、電源の落ちたカイトに唾を吐いた。
そうだ。すべては終わった。今月はもうリスタート用電源の供給は得られない。
すべては闇の底で狂っていた。
    了


音楽とはかくも想像の広がりに満ちているものか


本日最終日です


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