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わたしのイカイ地図① #創作大賞2024

私が目を覚ますと、そこは「イカの国」だった。
周りは私と同じくらいの大きさのイカで溢れていた。街は地下にあり、美しく整備され、機能的にデザインされていた。
私は人間だけれど疎外されることはなかった。表面上は。
言葉は通じるようになり、福祉制度のお陰で買い物も食事も問題なくできる。
私には担当者が付いていた。彼からいろんなことを学習しながら、流されるままに生きていくうち、彼との間に心の交流が生まれる。
ある日、その信頼していた彼が病気になったことを知らされるが、彼には会うことができなかった。
私はその行方を探し回った。ついに探し当てた時には既に瀕死の状態だった。私は彼から海に埋葬してほしいとの依頼を受ける。

わたしのイカイ地図 あらすじ



 わたしのイカイ地図

   序
身長150cmくらいの四本脚のイカの隣。
隣にイカさえいなかったら、こぢんまりした地方都市の駅前って感じなのに。
この清潔な道、整然とした町並みは、なんとなく整い過ぎていて体がむず痒い。ゴミどころか埃さえないように見える。
心の中で夢なら覚めて、と願っている。でもどうやら夢ではなさそう。こんなことなら、あっさり捕まっときゃよかった。妙に逃げおおせたから、こんな沼に嵌ってしまったんだ。そんなドングリな私の運命を呪いたい。
 
目が覚めた建物を出た向かい側には荒野が広がっていた。たぶん荒野だと思う。あの何もない草さえ生えていない荒地を見て身震いした。
それが、建物の角を曲がったらいきなりこれだもの。不思議な街。わけわからないけどちゃんとした所っぽい。
今はそのこともイカに訊きたいんだけど、なにせ言葉を獲得したばかりの子ども?いや、幼稚園児みたいに質問浴びせちゃったみたいだし、ちょっと自粛気味。
 
 


    第一話
のっぺりとした天井の隅が鉛筆画みたいに黒く煤けているのが見えた。
重たい首を左に振ると正方形のダンボールが整然と並んでいる。整然てな生易しいものじゃない。壁と見紛うほどきっちり積まれている。もっと左には古い学校のような窓があって、床とダンボールにやわらかな斜光を落としている。リノリウムのような床は意外と居心地がいい。ゴムの手触り、バスケットコートだったら、急激に止まっても、しっかり足をホールドしてくれそう。
右には小さめのドア。おそらく自分と同じくらいの高さ。
 
ところでここはどこ?
 
天井には三重の同心円。美しい意匠のライトらしきものがある。
かなり古い建物のよう。ハッと軽い息を吐いたところに、ドアが開いた。
「キャー!なに?あっちいけ!」
思わず叫んだ相手は得体の知れないもの。大きな布のようなものから蛇が数匹、不気味にのたうっている。
とりあえずそれから逃げた。
「大丈夫。襲ったりしないですから」とそいつの声がしたような気がして、気がつくとダンボールの森の中にいた。
「大丈夫ですか?」
「あなたは誰?」
「私?私はここの者。あなたの担当です」
「私の担当って、ここはどこ?」
「○×&△*」
「何語?」
妙に腹が据わった。

「これは失礼。あなたにはわからなかったですね。でもあなたの言語に対応する言葉がないんです。仮にAとでもしておいてください。Aという街です」
大きな布?帽子?の下から覗く顔のようなところから、こちらを見上げてそいつは平然と言葉をつづけた。
「あなたの文化圏では外国語を自国の言語に置き換えることができたでしょうけど、ここでは言語の成り立ちも、発音も全く違います。ですからそのようなことができません」
「わかった。じゃここは何をするところ?」
「うーん、ラボでしょうか。研究している、というよりは調べているところです」
恐る恐る立ち上がると、そいつは後ろに下がった。同じくらいの身長だった。

ジッとそいつを観察すると、モスグリーンの帽子の下に顔があって、その下に脚があるらしい。ただの大きなイカだ。ただし言葉をしゃべる。
「ああ、これは服ですよ。あなたが着ているのと同じです」
私が帽子をジッと睨んでいたからなんだろう。イカはそう言った。帽子じゃないんだ。
「服ってことはそれが胴体なの?」
「そうです。そしてその下が感覚器が集まっている頭部です」
「ここの人はみんなあなたに似てるの?」
「似てなんかいませんよ。みんな個性的です」
「それじゃ私も目立たないよね」
「それはどうでしょう。目立ちはするでしょうけど、ここにはバイアスはありませんよ」
「あなたが私を捕まえたの?」
「いいえ、あなたを買ったんです。正当な取り引きで」
「私、売った覚えないけど」
「それはそうでしょう。私たちは商人から買いました」
「で、私を調べてるってわけ?」
「はい。もちろん調べました。そしてかなり知能が高いことを知りました」
「で、ここに閉じ込めたわけ?」
「閉じ込めたわけではありませんよ。そこのドアから自由に出入りできます。あなたの知能なら、ある程度学習すればここで暮らすことも可能です」
「ここでって・・・ここはどこなのよ」
「あーん、Aという街なのですが、それ以上詳しくは言えません。言って差し上げたいのですが、仮の言葉を重ねても意味がないでしょう。固有名詞は変換できないのです」
「そう。固有名詞はね。あなたの名前も?」
「はい。言っても意味はないでしょう。仮にBとでもしておいてください」
「じゃ、あなたはどうして私と話せるわけ?」
「あなたを調べて、あなたの言語はほぼデータ化されました。でもやはり固有名詞はわかりません。一般名詞もここに存在しないものはわかりません」
「じゃ」
「はい、ちょっと待って。質問はこれで一旦お終い。あなたの名前は何ですか?」
「全部データ化したなら、わかったでしょ?」
「はい。だいたいは。でもいくつか候補があります。名前を教えてください」

イカは初めて、興味津々という目を向けた。いまさらだけど、このイカはかなりの知的生物っていうか、私より数倍も優秀。たぶん。
「ミカ」
「ミカさんですね。そうお呼びします」
「他の候補って?」
「ミッちゃんはよく出てきました。頻出単語です。次はゲンちゃん、その次・・・」
「もういい。私はミカ。もういい?出てって」
「いいですけど、困るでしょう。あなたの言葉はここではまだ普及していません。買い物もできないでしょ?クレジットもまだないですし」
「クレジット?」
「そう、信用です。誰にもみんなに与信枠があって、それまでならいくらでも自由に買い物ができるシステムです」
「そ、そうなんだ。すごい」
「あなたが住んでらっしゃったところでもそんな社会実験は始まっていたでしょう」
 
どうもイカの四本脚は二本が脚、二本が手のようで、歩く時にはその手も巧みに使っているようだ。
     つづく


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