たとえそれが最後だったとしても
切れていた洗顔石鹸を買ったり、PCでの作業をしに街へ出る。ふと思い立って映画の上映スケジュールを調べたら、フランス映画のリマスター上映がやっていて、タイトルも監督も、キャストも知らなかったけれど、観にいった。所々眠くなりながら、それはもう心地よい時間で、別荘でのバカンスを描いた恋愛映画には、わたしの忙しなさばかりが目立つ毎日からは想像もつかないほどの洗練された怠惰があった。草原にずっと寝そべって夕暮れまでぼーっとしているような映像が続く美しいフィルムからは、なんとなく大学時代を思い出したりもして。
なんだか、最近つとに「暮らし」ということについて考える。「どんな暮らしがしたい」という希望というよりも、今の暮らしから目指すことのできる、少しずつ手入れのされた、自分なりの暮らしに到達できるように、日々何をしたらいいかということ、どんなことを意識したらいいかということ。
夕暮れどき、灰色に染まる街の中、大きめのビニール傘をさして選挙の投票に向かった。帰り道、近所のドラッグスーパーから本を売るための段ボールをもらう。傘が差しづらくなったけど、段ボールがないとわたしは本を整理しない。
夜は仕事とは別の企画についてぼんやりと考えていた。参考としてもらった曲は、今日観たフランス映画に当てるには少しムーディーに過ぎたけれど、それでもバカンスにふさわしいというくらいの落ち着きがある。そう言えば、映画は唐突に「FIN」という文字が出て、感動的なエンディングテーマもなく、すぐに映画館は明るくなり、人々はスクリーンから出ていった。それもいいな、となんとなく思った。飾り立てる必要なんて、ないのかもしれない。
たとえそれが最後だったとしても。