写真のないシンガポール①
シンガポールという国には特別な気持ちを持っている。
滞在するホテルを決め、1人飛行機に乗り込む。その先はいつも新鮮で『やぁ、こんにちは』と挨拶されるようにゲートが開き、その土地の匂いが広がる異国のアライバルゾーン。
シンガポールの空港はまるで未来の国だ。心動かされる人に会って、夢見心地で映画の主人公になったような気持ちで街にひととき受け入れてもらう特別な場所。
そうだ、烏滸がましいけどまさに私にとってのローマの休日。
ある時は人に言えない想い人との待ち合わせ場所だった。惹かれたのは誰もに惹かれる人がすぐ手の届く先に来たからなのか。出来心だったのはたしかだ。異国の地の日本人だったから特別な仲間意識があったんだと思う。
誰も私と彼がここにいる事を知らない、架空の時間。あの時を象徴する町がブギスのアラブストリート。サルタンモスクを眺めながら、永遠に終わらないオレンジ色の夜を道にせり出したテーブルで楽しんだ。ヨーグルトにきゅうりを入れオリーブオイルをかけたサラダが忘れられなくなり、あれ以来トルコ料理が大好きだ。
並んだ香水瓶、街路樹の椰子の木、ずっと終わらない夢の中。
マーライオンのあのハーパーも散歩した。ただ、一緒にいるのが心地良かったわけではない。心はつかず離れずあの人は気まぐれだった。読めない相手との会話はいつも緊張した。
そうか、私たちは好きあっているから一緒にいるわけじゃない。ほんの束の間の戯れだ。
戯れは何をしても虚構だ。
虚構だからこそ気の向くままにあるき、気の向くままに楽しんだ。
あぁ一風堂なんて探したっけ。そこで行く必要なんて全然ないのにね。
それでも私はこの時間とこの場所が少し切なくて、虚構だからこそ感じるままにこのパラダイスを楽しんだ。