225年前の知恵が時間と国を超えて生き続ける。アフガニスタンで中村哲医師が、灌漑用水のモデルとした、山田堰(やまだぜき)。
アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師が、灌漑用水のモデルとした、福岡県朝倉市の山田堰。
225年前の江戸時代に、この地域で干魃や飢饉が相次いだことから、水田に水を引く灌漑設備として築造された。大がかりな機材がなくても造れることが特徴で生態系への影響も少ない。
大小の石を水流に対して斜めに敷き詰めることで、筑後川の勢いを抑えつつ用水路に水を導く。1790年に完成し、その後何度も水害で被害を受けるが、そのたびに補強工事が行われ全体の形や石はほぼ当時のままなのだそうです。
国と時間を超えて、生き続ける知恵と、それを現実にした人々の平和への強い願いを見た思いです。