【第4回】今日、何ひろう?~新しい知覚のフレーム~ コラム:赤ちゃん
第一章 世界の拾い方
第一節 世界の切り分け方(見えているもの・感じるもの)
コラム:赤ちゃん
〇生まれた瞬間から、未知のものばかり
あかちゃんは、お母さんのおなかの中からでたその瞬間から、特殊な重力の力で地面のほうに引っ張られる力を感じます。地面に産み落とされる生物全般、左も右もわからず、目からは光を感じる状態です。この状態はまだなにも世界が切り分けられていないでしょう。
あくまで想像です。まず身体を揺さぶり世の中を理解しようとします。周囲に空気という媒質があることに気づく前に、私を支えている地面を感じ、それを動かすことによって自分の身体の形を覚えるのではないでしょうか。平坦な道が続くかと思ったら、実は凸凹している場所があり、そこにぶつかるとこれまでの世界の認知から裏切られます。あれ、これはなんだろう。ここからどんどん世界を立体に捉えていくのでしょう。
視野の変化も楽しいものです。凹凸があればその形が視野でも遮蔽という行為を通して変化することで認識をする。なるほど遠くに大きなオブジェクトがあるぞ。
モノを触り始めることができる手に、視野を通して気づきます。意識が動くと手も動く、なんだなんだ、これを凹凸に差し伸べると、感触を感じる。目で見ながらその感触を持つと、なんだか気持ち良い、冷たさも感じる、なんだろうこれ、でもなんか面白い。
次第にお母さんが、これは●●だよ、となんとなく記憶に残りやすい音が聞こえる。それに呼応するかのように発声ができた。おお、自分からなにか動いている、面白い!
そうやって、世界の3要素にタグをつけていきながら、まだ見えぬ未知の世界への旅が始まるのです。
〇面白いから動く
アフォーダンスのこの理論が重要視しているのは、3つの世界の探索的行動は「面白い」ということです。人間がもしこの行為を面白くないと思えば、動くことのない植物、固形物にすぎません。人間は生物で眼が前についている以上、この3つの世界を体感し理解して情報を蓄積する行為に楽しさを感じるのです。「面白い」から「動く」。「動く」と「面白い」世界が待っている。この好循環が人間・生物そのものなのです。
〇普段忘れているこの感覚
泥の道と芝生の楽しさに気づけると、世界はぐっと面白くなります。すでに、赤ちゃん時代に定義したそのアフォーダンスは実は、あなたの知らない数百万以上の面白いアフォーダンスを内包しています。探索を止めて安定に入ることは人間の感じる「面白さ」から遠ざかることです。そうやって離れるのはもったいないな、と常々思います。
私の家の机は、イケアで買ったコルクの机なのですが、常にそのコルクが見える表情が、周囲の光によって変化することを楽しむことができます。本来赤ちゃんは、触りまくって理解して、飽きたら次にいくものなのですが、人間成長すると、それぞれのオブジェクトがまだ隠している別のアフォーダンスを探す喜びがまだたくさんあります。
一度、写真にでも撮りに行ってはいかがでしょうか?気づかぬうちにいろんなアフォーダンスに気づき、写真を撮りたくなるはずです。
この章では、見えているもの、感じているものは一体目の前に何が広がっているのか、という説明をしましたが、次回は、赤ちゃんが探索的に行ってきた運動にフォーカスにあてたいと思います。
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