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カードゲームで負けない方法

火力呪文がマシンガンのように降り注ぐ。

無常にも相手から叩きつけられる「稲妻」。

1コスト3点。イオンの焼ける匂い。
機能美すら感じるそれは呪文というよりも、もはや人を殺すための兵器だ。

俺の残りライフは2。
致死圏はとっくに過ぎている。

「もう一枚、稲妻」
こいつ、こんな平然とした顔で人を殺せるのか。
狂ってる。

「対抗呪文します」


たまらず虎の子の打ち消し呪文を吐き出し稲妻をかき消した。
もう後がない。

ぬるりと「死」が頬をなでる。
ああ、死神はいつだって優しい。


ドローする前に大きく息を吐く。
祈るようにしてめくったカードに汗がにじんだ。

このギリギリの戦いは世界大会の舞台ではない。
日本選手権の決勝でもない。
神の決定にも関係ない。
グランプリの予選ですらない。

それは小さいカードショップの小さいデイリーイベント。
たった3回戦スイスドローの1回戦。
12席もない、狭くて暗くボロいプレイスペース。
その一番端の席、テーブル番号6。
3回戦の優勝商品は、光るプロモカードがたった1枚。


俺はいつも1人でカードゲームの大会に行った。
人恋しかったし、人と繋がりたかった。
でも、人と関わる方法がわからなかった。

だから、俺がしてきたのは常に激しい戦いだった。
俺が戦う道具は銃や剣や拳ではない。
カードだ。
つまり紙で戦う。

俺は紙の魔法で、紙のモンスターで、紙のヒーローで20年以上戦ってきた。
不器用で、戦いの中にでしか、人と語りあう方法を知らなかった。
戦争狂のように、ただ戦場を探してさまよった。

休日。
職場のBBQの誘いを断って、暗く薄汚いカードショップの端の席で、紙を並べている。

この狂気とも言える、紙の戦いだけが、俺が人と出来るコミュニケーションの唯一の方法だった。

小さいショップの小さいデイリーイベント。
特にほしいわけでもない商品。
この戦いには守るべき地位も名誉も、栄光も無く、 名前すら残らない。

いや、だからこそ「勝ちたい」。
なぜなら、俺は人生で負け続けてきたから。

生まれた時にはバブルのという浮かれた時代が終わっていた。
就職氷河期の求人率に負けた。
右肩下がりの経済に負けた。
リボ払いに負けた。
資本主義に負けた。

サザエさんのように「普通の家族が普通に暮らす」という普通の生活すら得ることができなかった。
かといって、目標もなく、たいした努力もせず、頑張ることもない。
毎日、機械的に仕事に行って、飯を食って、youtubeを見て、寝るだけの毎日。
繰り返しの毎日。
どんづまりの毎日。

この世界で生きていく才能もなければ「なるようになるさ」と言いきれる勇気もない。
そんな人間が10万円分のカードの束を買い集め、束ね、小さい店舗大会に出る。
まったく合理的ではない。


同じ金を食べ物に使えば、出会いに使えば、家族のために使えば、もっと幸せになれただろう。
もっとわかり会える友達や、家族もいたかもしれない。
しかし、狂った人間にとって、食べ物を買うよりも、デートに使うよりも、紙を買うことは重要なことになりうる。

だから「勝ちたい」。
敗者が負け続けて流れ着いた最後の場所。
この店、この席、この戦い。
「勝ちたい」
いや、俺はもうここでしか勝てない。

目の前に座っている対戦相手を見る。
この赤単を駆るこいつも、ずっと若いが同じ狂ってる生き物だ。
友達もなく、ユニクロのくたびれたYシャツを着て、職場で輝くこともなく、高額カードを買っている同じ穴の化け物だ。
けれど、その目は死んでいない。
なぜなら、ゲームは続いているから。

もう一度、ライフをチェックする。
コストを確認する。
手札が果てしない選択肢として、目の前に広がっていく。
自由だ。
この瞬間だけは、俺もお前も、つまらない現実から解き放たれ、自由を感じられるんだ。

インクの匂い。
汗の温度。
戦場が呼んでいる。
最高の舞台だ。

それは互いに張り詰めた糸を渡るような死闘だった。
紙一重だった。

3ターン目のプレイミスが響いて敗着。
今日も俺は敗者になった。

自由な世界から魂が戻ってきて、店内のBGMが聞こえ、肉体の重さを感じる。
自由でなくなった俺は、疲れ果て、力なくカードを片付け始める。

たしかに俺は勝てなかった。
人生もゲームもずっと勝てずにここにきた。
ときどき、やめたくなることもある。
でも、俺は決して負けない。
これからも紙を並べて戦い続ける。

負けないとは、戦うこと。
戦っていれば負けない。
一度も勝てずとも、ただ、負けないのだ。

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