野生の中の家に住んでいるのか、家の中の野生に住んでいるのか
境界が曖昧になり、新しい価値が生まれる。ファッションデザインでよく見られる有効なデザインアプローチである。例えば今なら、男女の衣服のディテール・素材・シルエットが混ざりあったような服が生まれ、男性のためでもなく、女性のためでもない、人間のためのとも言えるデザインが現れている。
境界が曖昧に溶け合った場所に、人を惹きつける価値が潜んでいるなら、住宅のそれはいったい何だろう。
僕にその疑問を思い起こさせる住宅設計に遭遇した。武田清明建築設計事務所による「6つの小さな離れの家」である。
*武田清明建築設計事務所「6つの小さな離れの家」より
いったいこれは室内なのだろうか、それとも室外なのだろうか。内とも外ともつかない曖昧な空間を映し出す写真に、僕は惹きこまれていく。露わになった木造の梁や柱といった住宅の構造、石壁に囲まれた地下空間、その空間を上部で覆うガラスで作られた構造物(ガラスの上家)、ガラスの上家内にあるキッチン、室内にあるものが外に、室外にあるものが内に感じられ、住宅というものに対する僕のイメージは崩れていく。
「6つの小さな離れの家」は、元々は戦前から引き継がれてきた歴史を持つ一軒の家が基盤となっていた。家の敷地内には母屋のほか、防空壕、井戸、室(むろ:保存・断熱・育成などの目的で作られた部屋 Wikipediaより)といった地下空間が存在していた。
それら既に存在していた地下空間を改築し、敷地いっぱいに建てられた母屋を減築しながら、増築も施して6つの離れが繋ぎ合った住宅が「6つの小さな離れの家」だった。
*武田清明建築設計事務所「6つの小さな離れの家」より
光、空気、風といった自然の恵みを全身で感じられながら、命というものが健康的に育まれそうな家に僕は思えてくる。
*武田清明建築設計事務所「6つの小さな離れの家」より
家とは室内で過ごす空間のこと。僕にはそういう認識があった。しかし、「6つの小さな離れの家」は、外界の自然から得られる気持ち良さを家の中に引き込んでいる。白い壁で建てられた現代的な住宅とは全く異なる雰囲気を放ち、人間が生活する場の心地よさは、外と内を行き来する曖昧な時間にある。そんなことを感じてしまう。
風に頬を撫でられることは気持ちよく、光が肌に触れている時間は気分を暖かくする。それら自然の恵みを引き連れたまま、家の中で食事をし、シャワーを浴び、眠りを過ごす。どうだろう。気持ち良さそうに思えないだろうか。
野生の中の家に住んでいるのか、家の中の野生に住んでいるのか。
そんな曖昧さを感じる生活空間の中で、健康が育まれるのかもしれない。だって人間には家も自然も必要なのだから。
〈了〉
*建築家の武田清明氏自ら模型を用いて「6つの小さな離れの家」について説明しているのが下記の動画。こちらを観ると「6つの小さな離れの家」の全体像がより詳しくはっきりと見えて、おすすめです。