古く美しきものを新時代に遺す
それが服であれ、建物であれ、古くなったからといって必ずしも価値がなくなるわけではない。むしろ時代という年月を経たからこそ時間によって育まれた美的外観を備えるようになったり、現代ではコスト的に時間的にも作ることのできない価値を持つようになったものがある。
その一つにヴィンテージマンションがあげられるだろう。
ファッションブランドの展示会が開催される会場というのは、代官山や渋谷、青山といった都内の一等地で開催されることが多い。その近隣には有名なヴィンテージマンションが建てられていることが多く、最近の僕は展示会の取材帰りにそういったヴィンテージマンションを見に行くようにしている。
なぜか?
建物として美しく、それを目の当たりに見たいからである。1960年代から1970年代に建てられた、現在ヴィンテージマンションと言われる都内一等地にあるマンションは、現代の新築分譲マンションでは見られないデザインの魅力が備わっているのだ。
1971年築「ビラ・セレーナ」
1964年築「ビラ・ブランカ」
1971年築「シャトー東洋南青山」
*上記3枚著者撮影
写真の3棟は、ヴィンテージマンション好きなら知らない人間は少ないであろう、超有名マンションになる。
僕はこれらのヴィンテージマンションを目の前にすると、デザインの美しさに魅入ってしまう。現代のマンションにもデザイン的魅力を感じるマンションはもちろんある。現地でまだ見たことはないが、川崎市にある竹中工務店設計・施工による2015年築「ザレジデンス小杉陣屋町」はかなり好きなデザインだ。特に中庭が素晴らしく、バルコニーから見る景色はさぞ美しいだろうと思う。
しかし、それでも個人的趣向を述べさせてもらえれば、やはり1960年代から70年代に都内で建てられたヴィンテージマンションのデザインの方が僕は好きだった。現代ではまずお目にかかれないであろうデザインが、たまらくカッコいいのだ。
そんなふうに思う僕に、デザイン的魅力を感じた新築のヴィンテージマンションがあるデベロッパーによって開発された。
「新築のヴィンテージマンション?」
そう疑問に思われる方もいるだろう。それが野村不動産による「プラウド上原フォレスト」だ。
*上記3枚:野村不動産「PROUD」プラウド上原フォレストより
「プラウド上原フォレスト」は、1984年築「エリーゼアパートメント」という高級賃貸住宅に1棟リノベーションを行い、新築増築棟を併設した分譲マンションになる。
当初、野村不動産は「エリーゼアパートメント」を解体して新築マンションを建設する計画だった。しかし、既存マンションの「エリーゼアパートメント」が持つ美しさが素晴らしく、このマンションを遺す形での分譲に方向性を転換することになった。
すでに建設から30年以上経っているため、断熱性・遮音性など現代の基準に達するようにリノベーションを行い、第三者機関によって躯体の65年以上の耐用年数が証明され、増改築物件としては初の「長期優良住宅認定」取得も実現させた。
その経緯について野村不動産「PROUD」公式サイトで語られているのだが、この記事を読んでいて僕は心から感心してしまった。よくやったなあと。
ここまでコストと時間をかけるなら、解体して新築マンションを建てる方が事業的にはずっと合理的だったはず。いくら躯体の耐用年数65年を確保したからといっても、新築マンションより販売も難しいだろう。
それでも、デベロッパーという経済的合理性を何よりも優先するであろう企業が(すいません、そういうイメージがあります)、古く美しい建物の素晴らしさを遺して「新築のヴィンテージマンション」を事業として行ったことに凄みを感じた。
先日、エディ・スリマン(Hedi Slimane)による「セリーヌ オム(Celine Homme)」の最新2021AWコレクションが映像によって発表された。
“TEEN KNIGHT POEM”と名付けられたこの映像はショー形式で制作されているのだが、ショー会場となった巨大な城の存在感に僕は惹き込まれる。
会場となったのは、フランスのロワール渓谷にある「シャンボール城」だった。遠くから見た白い外壁とグレーの屋根がミニマムな印象を受けるが、外壁や柱には装飾的な作りが城全体に施され、城の巨大さも相乗効果となって圧倒的存在感を放つ。
しかも「シャンボール城」は建設からおよそ500年もの時間が経過していることを知り、僕はさらに驚いてしまった。こんなにもデザインが素晴らしく巨大な建築物が500年もの間、残っていたのかと。
クラシックな魅力をふんだんに備えた「シャンボール城」を、エディ・スリマンがデザインした現代の若者たちのファッションを着用したモデルたちが歩いていく。悠久の美しさを誇る古城とモードなカジュアルファッションを着る若い男性モデルたち。このコントラストが僕にはとてもエレガントだった。とても、いいじゃないですか。
「プラウド上原フォレスト」や「シャンボール城」のように、時間が経過したからといって建物の魅力が失われるわけではない。もちろん、安全性や耐用年数など現代の基準に合わないことはあるが、その問題をクリアできるなら、古く美しいものは積極的に遺してもいいのではないだろうか、という思いに駆られる。
ファッションでもそうだ。ヴィンテージのように時間の経過を経て魅力を増した服もあるし、デニムやトレンチコートなどデザインとして遺していき、次の時代へ引き継がれていくアイテムもある。
ファッションの魅力の一つに、歴史を引き継ぎ、新時代に合わせたデザインに更新された服を見る・着る面白さがある。ファッションデザイナーなら、歴史に残っていく定番アイテムを生み出したいという希望を持っていたとしても不思議ではない。僕がデザイナーなら間違いなくそんなアイテムをデザインしたいと思う。
これまでに見たことのない、とびっきりに新しい服も面白いが、これまでに見たことのある服を、これまでに見たことのない服へとデザインする新しさも面白い。
次から次へと新しさを探求するファッション。けれど、古く美しき服を新時代に遺す、遺していく側面もファッションにはある。僕はそんな二面性を持つファッションがとても面白い。
古くも新しい服。そんな服に手を伸ばしたくなる。
〈了〉
【NEWS】
ウェブメディア「TOKION」で、新たに執筆したファッション記事が公開されました。