271.ふたりたび① 聖地巡礼
いまだ休職中の身であるが、復職もそろそろ迫っているので「平日一人旅」を決行した。
一人旅というのは建前で、実際は彼に会いに行ったのだが…
私は仕事柄、単独出張は何度も行っているが、女一人旅は夫も少し心配になるだろうと思い、行く場所は真っ赤なウソではなく、ほぼ本当のことを告げてあった。
新幹線に乗って片道7時間近くかけて会いに行った。
前回は彼の方が私の住む街に来てくれたので、今回は私が出向いた。
さすがに地元で2人で観光するのは危険なので、レンタカーを借りて少し離れた観光地へ泊まりで行くことにした。今回は31時間一緒にいられるプランだ。
今回の悪巧みのためにお互い色々と作戦を立てていた。
私は彼の住む県に旅することが不自然にならないように色々と種を撒いておいた。
彼も外泊のための口実を考えていた。奥さんに怪しまれないための理由付けが毎回本当に巧妙で感心してしまう。もちろん仕事を理由にしてるのだけど、単純に「出張にいく」とかではなく複数の"ありそうな選択肢"を持っている。あまりに毎回同じような理由だと不自然になってしまうだろうからあの手この手を使うのだった。
私は彼の仕事終わりの時間に合わせて新幹線を予約して向かったけど、それでも待ち合わせの新幹線駅に到着するのが1時間前になった。何して時間を潰そうかと考えたときに、"聖地巡礼"を企てた。
とはいえ、"聖地"に行くには、在来線+徒歩となる。在来線は1時間に1本しかなく、時刻表を調べたら"聖地"の滞在時間はほぼなかった。
それでも滅多に行ける場所ではないので、行かないとあとで後悔しそう。たぶんこれを逃したら二度と聖地巡礼のチャンスはないだろう。
電車に乗って最寄り駅まで8分、駅から"聖地"までは徒歩14分。
そしてまた彼と待ち合わせをしている駅に向かう電車は30分後に出るので本当に時間がなく、キャリーケースをゴロゴロさせながら小走りで向かった。
無事に迷うことなく到着できた。
"聖地"はGoogleマップのストビューで見に行ったことはあったけど、現地に訪れるのはもちろん初めて。
これか…と感慨深く浸る間もなく、周辺を歩き回って何枚か写真を撮り、またすぐに早歩きで駅に戻った。
本当は"聖地"の周りを散策して色んな想いを巡らすのも良かったけど、そんな時間はなかった。
駅に戻り、無事に電車に乗り込むと、次の駅からおそらく彼が乗り込んでくるはず。彼の勤務先の最寄りは"聖地"の隣の駅だから、1時間に1本しかないので絶対にその電車に乗るはずなのだ。
駅のホームに電車が入り込み、予想通りホームに彼がいるのが見えた。彼が乗りこむドアの車両のほうに移動した。
電車に乗ってきた彼は私の姿を見て一瞬驚いた表情をしたけど、無視してドアの角でくるりと背を向けた。
すぐに「ホームに会社の人がいました」と彼から携帯にメッセージが来た。なるほど、それは他人のフリをするほうが得策だ。
彼は私がこの電車に乗っている理由をすぐに理解したはず。つい先ほど行った"聖地"の写真を送ると、
「ヤバいやつだ…」
「ギリギリでしたよ。走ったので汗だくです」
「出禁だって言ったのに。手紙を入れられたか」
「そんな時間はなかったです」
そのままドア付近で背を向けたまま携帯で会話をしていた。
あとで「何が"聖地"だ、本当にとんでもない人だな!」と笑っていた。前から仄めかしてはいたけど、私が本当に行くとは思わなかったんだろう。
このエリアは彼の知り合いに会う可能性が高い危険なエリアだ。「うしろついてきてください」とのことなので、駅に着いて改札を出てからも、私は距離をとって少し後ろを歩いた。
10数年前に私が新入社員研修で2週間ほど滞在した街。
こんな感じだったなぁと思い出しながら、カーシェアの駐車場に向かった。