現代音楽の“いま”に触れられるショーケース〜「コンポージアム2024」レポート
「コンポージアム2024」という音楽イヴェントが、2024年5月21日から26日の日程で開催された。
コンポージアムは、「世界中の若い世代の作曲家に創作を呼びかける『武満徹作曲賞』を核とした、東京オペラシティの同時代音楽企画」。今回で26回目となる。
コンポージアム(COMPOSIUM)とは、CompositionとSymposiumを合わせた造語だ。
この企画を際立たせているのが、回ごとに現役の作曲家を審査員に迎えているところ。
まさに同時代の視点で、これからの現代音楽の可能性を切り描こうとする若手の作品にスポットライトを当てようという趣向となっていて、現代音楽ファンにとっては現役最前線のクリエーターの視点と作品、そのセレクトによる若手の作品を体験できるという、贅沢で貴重なステージが展開されるわけだ。
5月22日:マーク=アンソニー・ターネジの音楽
2024年の審査員は、1960年生まれのマーク=アンソニー・ターネジ。この30年でイギリス音楽界における数々のプロジェクトを成功させてきた、最も注目されているクリエイターだ。
コンポージアム本選演奏会に先駆けて、このマーク=アンソニー・ターネジが選曲した楽曲を演奏するコンサートが行なわれた。
ポール・ダニエル指揮、東京都交響楽団演奏によるプログラムは、まずストラヴィンスキー「管楽器のサンフォニー(1920年版)」からスタート。開演前のステージ上は指揮台前のスペースが広く開いていて、その違和感がすでに曲の序奏にもなっているという、ターネジらしい演出を感じながら開演を待つ。
広く開いたスペースのタネ明かしをすれば、楽曲が“管楽器の”、つまり弦楽器が登場しないために弦楽器奏者のためのイスが設置されておらず、オーケストラ配置では弦楽器の後方に位置する管楽器奏者がそのスペースでスタンディングによる演奏をする、という趣向だった。
また、1947年の改訂版ではなく1920年のオリジナル版というセレクションも、ターネジが現代音楽の系譜のなかでどのようにストラヴィンスキーをリスペクトしているのかを内包するとともに、“管楽器の鳴り”によるハーモナイゼーションに対するターネジの視点を表明するための“基準点的な曲”の役割を果たさせようとしているようにも感じた。
2曲目はシベリウスの「カンツォネッタ op.bza」で、ストラヴィンスキーの編曲によるものだ。
この曲も変わった繰成で、クラリネット、バス・クラリネット、ホルン4、コントラバスという8人が、シベリウスのオリジナルにはなかったアンバランスなサウンドを醸し出すことで、作曲者の意図を演奏=3次元化する際に必要なプロセスについての問題提起的な意味合いがあったように感じた。
前半の3曲目「ラスト・ソング・フォー・オリー」と、後半の2曲「ビーコンズ」「リメンバリング」はターネジのオリジナルで、いずれも日本初演。
特に印象深かったのは「リメンバリング」で、この曲は2013年に26歳で亡くなったエヴァン・スコフィールドに捧げられたものだ。エヴァンの父であるジョン・スコフィールドは20世紀後半を代表する現役のコンテンポラリー・ジャズ・ギタリストで、ターネジとは1990年代にコラボレーションを通じて家族ぐるみの付き合いをする仲とのこと。
ターネジはエヴァンの死という悲しみをピアノの小品から発展させて、ヴァイオリン抜きのシンフォニーとして仕上げている。曲中のヴィオラとチェロのデュエットなどでは、彼の回想や悼む気持ちが音を超えて伝わる瞬間もあり、悲しみを昇華させる(あるいは“祈り”)という現代音楽における大きなテーマのひとつに対するターネジならではの回答を見たようで、興味深かった。
5月21日:トークセッション
実は、「マーク=アンソニー・ターネジの音楽」に先立って、マーク=アンソニー・ターネジを壇上に迎えてのトークセッションが行なわれていた。
企画をオーソライズする人物の生の声を聞くことができる貴重な機会なので、ボクも参加。
こうしたトークショーでは珍しく、彼の生い立ちについてかなり突っ込んだ話が引き出されていたのだけれど、それは労働階級の家に生まれたターネジが音楽を志し、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックへと進学することがいかにイギリスでは異質なことであったかを語るために必要なことで、さらにはターネジの音楽世界をリスナーが知るための重要なキーのひとつであったことが、彼の言葉とともに見えてくるわけである。
また、クラシック畑では、イギリスを代表する音楽家のオリヴァー・ナッセンやサイモン・ラトルとターネジの関係性を知る人も多いのだろうが、それ以上にジャズへの造詣も深かったガンサー・シュラーからの影響や、自身のプロジェクトでピーター・アースキンやジョン・スコフィールドを起用したこと、ビヨンセやレッド・ツェッペリンのオーケストラ・アレンジのエピソードなどを知ることができて、マーク=アンソニー・ターネジという音楽家のイメージに、広がりと色味を加えることができたと感じる内容となった。
こうしたトークショーは、上演曲の解説に終始することも多く、ボク自身もインタヴュアーとして同じようなシチュエーションでの取材に際して、さらに背景まで語ってもらえるような質問や会話の流れ、雰囲気づくりをするように気をつけてきたことだったりするので、その意味でも興味深いイヴェントだったと思っている。
そして、プライヴェートな内容にもオープンに対応していたターネジの“人柄”に感じ入った。音楽表現は人柄にも大きく関係するはずなので、この点は重要だと考えている。
2024年度武満徹作曲賞本選演奏会
コンポージアム最終日は、マーク=アンソニー・ターネジの審査による武満徹作曲賞の本選演奏会が実施された。
今年度は世界27カ国・地域の出身者が応募した102作品を、ターネジが譜面審査し、本選候補4作品を選出。
本選演奏会では作曲者を迎え、東京オペラシティコンサートホールで、杉山洋一指揮、東京フィルハーモニー交響楽団による実演が行なわれ、2階席正面に陣取ったターネジが改めて審査し、受賞作を決定するというもの。
演奏後の受賞式では、ターネジの総評と各曲の講評だけでなく、これからの現代音楽を拓こうという若手の受賞者たちの感想のなかから浮かび上がる“現代音楽をひもとくヒント”に触れられたりするなど、通常の演奏会にはない“出逢い”があって楽しかった。
そう、現代音楽にとって“出逢い”という要素は、かなり重要だと思うのだ。
それを作曲のコンテストに織り込んで、イヴェントに仕立てていることに成功しているコンポージアムの意義は大きいと、改めて感じた第26回開催だった。