
「アナザーラウンド」
これを書いてる私も、いつもホロ酔いです。
どうも安部スナヲです。
いささか不謹慎ですが、もし仕事前に一杯ひっかけることが許されるとしたら、デキる男になれるんじゃないかと、わりと本気で思っていたりします。
いや、思っているだけで実際にはやりませんよ。
だけど例えば交渉事や人前で話すとき、シラフよりホロ酔いくらいのテンションの方が、いい感じに強気を保てて、本来の力を発揮できることはまちがいないです。もうそれだけは自信を持って言えます。こんなに自信のない私でもね。
さて、今回観た「アナザーラウンド」は、そんな私の頭の中にこびりついてる邪念を、私に代わって実践してくれた映画です。
【ためしてガッテン!】
主人公はうだつの上がらない高校教師、マーティン(マッツ・ミケルセン)
彼は元々歴史研究者を目指していたのですが、生活やらシガラミやらでその夢を諦め、今は高校で歴史を教えています。
マーティン(マッツ・ミケルセン)
しかし、そんな自分の今の身の上について挫折感を抱いている彼は、いつもドヨーンと虚ろな様子で、見るからに「負のオーラ」全開。
もし近くにいてもあまり話しかけたりとかしたくないような、陰気なオッサンです。
そんなだから生徒からも不人気。奥さんとの仲も冷め切っています。
ある日、同僚の仲良しオッサン四人組と会食をしている時に、その中のニコライ(マグナス・ミラン)が、ある話の流れから、こんなことを言います。
「フィン・スコルドゥールというノルウェーの哲学者が『人間は血中アルコール濃度が0.05%足りない状態で生まれてきている』という説を唱えた。つまりその0.05%を保つことにより、適度にリラックスできて、やる気も起こり、ひいてはパフォーマンスが向上する」
何だか眉唾っぽい気もするなぁと感じながらも、既にいい感じに酒が回って気持ち良お~くなってるこのオッサンらは、やんややんやと盛り上がります。
その翌日、マーティンはほんの出来心で、その「0.05%説」を実験してみようと、授業前にトイレに隠れてスミノフ(ウォッカ)をグビリとやります。
あくまで実験の為にちょっとひっかけるお酒に、いきなりスミノフを選ぶところが、さすが屈強なゲルマン人種。彼らにとってはスミノフなんて清涼飲料水みたいなもんなんでしょう。…と、思いきや「あかん、呂律が回らん…」というトホホな状態に。さすがにスミノフはキツすぎたようです。
やっぱりどんぶり勘定ではダメだということで、今度はアルコールチェッカーを使って、正確におよそ0.05%になるように調整してお酒を飲み、いつもの教壇に立ちます。
するとどうでしょう、授業は生徒達に大ウケではありませんか!
それまで彼の授業があまりにしょーむないが故に、生徒たちは真面目に受ける気がせず、父兄らも「このままでは受験が心配だ」と苦情を訴えにきてたほどなのに、たった一回で大逆転です。
ちなみに、ここでマーティンが生徒たちの関心を引くために工夫を凝らした「世界史3大大統領の特徴クイズ」は本当に面白くて引き込まれます。
そして後日、そのことを仲間に話すと「それ、みんなでやってみよ!」ということに。
かくしてこのイチビリのオッサンらは、ためしてガッテン的なノリで「KEEP0.05%」の実証実験をすることになります。
さて、どうなることやら…。
【マジか?!デンマークの飲酒事情】
本作はいきなり高校生たちがビールを濫飲しながら、湖の周りを走り回るシーンから始まります。
よく体育会系の根性試し的な儀式で、新入部員にこれと似たような仕打ちをすると聞きくことがありますが、それにしたって大学生の話です。
高校生がこんなことをするなんて、相当イカれとるなと思いましたが、デンマークという国はお酒に関する常識が、我々とはちょっとちがうようです。
まず、飲酒そのものに年齢制限はなく、法律上定められているのは、
•16歳未満はお酒を買うことができない。
•度数の高いウィスキーやウォッカなどを買えるのは18歳以上。
•酒場では18歳未満にお酒を提供してはいけない。
ということだけです。
なので未成年であっても保護者が許せば飲んでもよく、実際、多くのデンマーク人は平均14歳くらいから飲み始めるそうです。
これでは「中二病」というより「アル中二病」が心配になりますね。
劇中でもマーティンが授業で「君たちはどれくらいお酒を飲む?」とあたり前のように質問していたりします。
しかも、それに答える生徒が「サッカーの試合を見ながらだとワイン14、5杯は行きます」なんて言うのですから、つくづく我々アジア人種とは肝臓のプロセッサがちがうことを思い知らされます。
そしてもう一つ印象的だったのは、声楽教師のピーター(ラース・ランゼ)が、試験前になると極端に緊張してしまう気弱な生徒の苦悩を慮り、「本番前にちょっとだけ飲め。でも決して習慣化するな」とすすめるシーン。
コンプライアンス的に見ればこのピーターは、教育者失格でしょう。だけど私はこのシーンにおけるピーターの、我が子を想う母のような優しさに、ちょっとだけ泣きそうになりました。オッサンやけど。
ピーター(ラース・ランゼ)
【人生に祝杯を】
本作には実験のための飲酒以外にも、美味しそうな料理に舌鼓を打ちながらワインやシャンパンを愉しむシーンがたくさん出てきます。
私はこれらの食事シーンこそが、本作のいちばんの魅力であると思っています。
気の置けない仲間や最愛の人と過ごす、そんなひとときがどんなに幸福か。
その幸福感がスクリーンいっぱいに溢れていました。
映画でも小説でも、お酒をテーマにした作品は、とかくアルコール依存など、負の側面を強調して描きがちですが、本作はお酒の危険な面と同じように、お酒が齎す幸福や利点も描いてくれているところが、酒呑みとしては嬉しかったです。
そして観終わったあと、「明日もうまい酒が飲めるよう、シラフで仕事を頑張ろう!」という気持ちで劇場をあとにしましたとさ(^^)
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