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警察官ならコーヒーはタダ。平和あってのコーヒー:Tim Hortonsの事業戦略に迫る
カナダ最大のコーヒー販売事業者は、マクドナルドでもスターバックスでもなく、カナダ発祥のフランチャイザーTim Hortons(ティム・ホートンズ)です。そんなティム・ホートンズでは、警察官に無料でコーヒーを提供しているらしいのですが…その背景を覗くことで見えてくるものは何か?
Tim Hortonsの歴史
Tim Hortons(ティム・ホートンズ)は、カナダ出身のNHL(ナショナル・ホッケー・リーグ)プレイヤー、Tim Horton(ティム・ホートン)が始めたドーナツスタンドです。カナダに暮らしたことがある方なら、誰しも街角で見かけたことがあるのではないでしょうか? ビビットな赤い看板が印象的な店構えをしています。
1964年創業のティム・ホートンズは、2018年現在、世界13カ国に5000軒近い店を構え、アジアではタイとフィリピン、そして現在は中国にも三店舗出店しています。残念ながら、日本には出店されていませんが、かつてはウェンディーズ(wendy's)と提携していたり、2009年以来、アイスクリームショップの「cold stone」とパートナーシップを結んだり、さらに2014年にはバーガーキングとも統合したりと、日本人にも馴染みの外食産業事業者と深いつながりがある企業です。
創業者のティム自身は、アイスホッケー選手であるうちに交通事故により亡くなってしまいましたが、その後、創設期からの事業パートナーだった投資家のロイ・ジョイスによってティム・ホートンズは急拡大しました。
ロイはそれまでの直営店による営業からフランチャイズ制に切り替えたことで、店舗は瞬く間にカナダ全土に広がり、開業後30年弱で500軒を数え、1990年代にはそれまでカナダに存在した無数の個人経営のドーナツショップを廃業に追い込んだと言われるまでに成長しました。
現在では、カナダでもっともポピュラーな軽食産業であり、社会的認知度も非常に高い企業になっています。
無料コーヒーを配る
そんなティム・ホートンズが「無料でコーヒーを警察官に配っている」というのはカナダでは割と知られた話です。無料でコーヒーを提供されるのは、警察官であってもその職に当たっている時だけであり、私服で店舗を訪れてもコーヒーの無料サービスにはありつけないそうです。
また、消防士や医師といった公益性の高いと社会的に認知されている職業であってもコーヒーの無料サービスは受けられません。もっぱらコーヒーをもらえるのは、服務中の制服を着用した警察官だけです。
すべてのショップで配っているわけではない
以前からティム・ホートンズの警察官に対するサービスを聞き知っていた私たちadsum coffeeも、実際のところどうなっているのか? いったいいつから、どんな目的で巨大企業が特定の職業の人々に無料でコーヒーを配り始めたのか調べてみました。
調べてみてはっきりしたのは、無数のフランチャイザーを抱えるティム・ホートンズ本社の規定やポリシーには「警察官に無料でコーヒーを提供すること」といった取り決めは書かれていないということです。ティム・ホートンズ本社が打ち出すキャンペーンなどには「コーヒー無料」を歌ったものが存在しますが、「制服を着用した警察官だから」というだけで、タダのコーヒーがカナダ全土の店で提供されているわけではありません。
つまり、警察官に無料のコーヒーを振る舞うというサービスは、各店舗ないし、各フランチャイズのオーナーが自分の経営する店で自主的に行っているサービスだということです。
マフィアにも無料のコーヒーを
では、なぜ無料でコーヒーを警察官に振る舞う店舗が存在するのか? その理由を知るには、次の記事を読むとはっきりするかもしれません。トロント・ハロルドが伝えるところによれば、オンタリオ州ケンブリッジでティム・ホートンズを経営するひとりのオーナーは常々、カナダ国内で営業する多くのティム・ホートンズの店舗が警察官だけに無料のコーヒーを配っていることを不公平だと感じていたようで、新たに、街のゴロツキ、悪党、マフィアなどにもコーヒーを無料で提供することに決めた、というのです。
彼の言うところによれば、警察官だけが治安維持に貢献しているわけではない、というのです。マフィアは決して街の人々を傷付けることはなくゴロツキ呼ばわりされるグループのなかには若者支援に積極的な組織もある、と言います。
無料コーヒーは店の利益のため
警察官に無料コーヒーを配るティム・ホートンズのオーナーたちは、多かれ少なかれ上の記事に取り上げられたオーナーと目的意識を共有しているのかもしれません。つまり、コーヒーを無料で配る相手が誰であれ、店舗の安全、治安を確保できれば、それだけ利用者にとっても店側にとっても理があるということです。職務中の警察官が、コーヒーを一杯飲むために店に入ってきてくれるなら、店側にとっては無料でガードマンが巡回に来てくれたも同じです。店が安全な場所ならば、それだけ一般の利用者も増えると考えるのがオーナーたちの心理と言えそうです。
タダより高いものはない?
一方で、警察官に無料でコーヒーを振る舞ったことで、贈収賄の疑いをかけられる事件も発生しています。この事件はもともと、二人の店舗スタッフが店のお金をくすねたことで、オーナーが従業員二人を解雇するところから始まりました。
事件の詳細を辿れば、収賄罪をかけられた警察官とオーナーよりも、店の金を盗んだと嫌疑をかけられた従業員たちの方がよほど被害者にも見えてきます。詳細は省きますが、実際二人は、オーナーによってありもしない盗みの疑いをかけられ不当に解雇されたと裁判を起こします。ふたりの弁護士は、コーヒーやサンドウィッチ類を職務中に店からもらっていた警察官はオーナーに買収されていたのではないか? そんな警察官による事件のでっち上げが行われたのではないか、と裁判で主張しました。
ことの真相はともかく、警察官が無料のコーヒーを提供されることが必ずしも良いことばかりではないことを示す一つの事例としてこの事件は広くカナダ国内で知られることになりました。こうしたこともあり、近年ではコーヒーをタダでもらうことを禁止する警察署も出てきました。
医療従事者も無料コーヒーの対象になった
Starting today, our coffee trucks will be out serving free coffee to those serving communities across Canada. Today we were at St. Michael’s Hospital in Toronto - thank you to all of the doctors, nurses and hospital employees working hard to keep us safe! pic.twitter.com/qNg7haVAqJ
— Tim Hortons (@TimHortons) March 18, 2020
コーヒーをタダで警察官に配る店側と美味しいコーヒーに釣られてやってくる警察官の関係は、さながら昆虫や他の生物に広く見られる共生関係のひとつのようにも見えます。ただし、種間で見られる生物の共生関係の事例と違って興味深いのは、各店舗のオーナーが自主的に行っているサービスだという点かもしれません。結果、街のごろつきやマフィアにまで無料でコーヒーを提供する事業者が現れました。
ティム・ホートンズ本社が行うサービスとしては、昨年来つづく新型ウイルスと闘っている医療従事者に対して無料のコーヒーや軽食が配られたようです。
最後に
この記事ではティム・ホートンズの無料コーヒーについて見てきました。コーヒーの無料提供は、店の単なるプロモーションではなく警備コストの削減、店舗環境の改善といった側面もあるのかもしれない、という話でした。国が変われば事情が変わるのは当然ですが、コーヒーはやはり平和であってこその楽しみなのだということを再確認させてくれる話題でもあります。忙しい朝、ほんの少しだけ早起きして、コーヒーを淹れるのもいい気分転換になるかもしれません。