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カップって何? カップとマグの違いから迫る: コーヒーカップの誕生(1)
単にコーヒーカップと言っても、マグカップ、デミタスカップ、エスプレッソカップなどさまざまな種類がありますが、それら「コーヒーカップ」の誕生を知るには、まずは「カップ」とはなにか? からスタートするのが近道です。この記事では、カップを知るために、よく似た器である「マグ」と比較しながら、カップとは何かに迫ります。
コーヒーカップを分解してみる
最終目的地は「コーヒーカップ」の誕生を知ることですが、初めに、コーヒーカップを分解するところから始めてみましょう。棚のカップを割るわけではなく、文字通りの意味で、言葉を分解してみます。
お気づきの通り、「コーヒーカップ」という言葉は「コーヒー」と「カップ」の二語に分解できます。言わずもがな、「コーヒーカップ」とは「コーヒー用のカップ」「コーヒー専用のカップ」といった意味になります。では、コーヒー専用ではない「カップ」にはどんなものがありますか? 食器として見れば「ティーカップ」もありますし、食器でさえないものまで含めれば「ワールドカップ」「下着のブラジャーのカップ」なども思いつくかもしれません。どうやら単に「カップ」といっても、さまざまな「カップ」があるようです。そこで、「コーヒーカップ」を知るためにも「カップ」に寄り道するところから始めてみることにしましょう。
「カップ」って何?
では、早速「カップ」とは何かということから考えてみたいと思います。先にも記した通りカップは多義的な意味の広がりのある言葉ですが、器のカップに絞った場合でさえ「カップを定義せよ」と言われると、スラスラ説明するのは難しいのではないでしょうか? 頭に思い浮かべる食器としてのカップをどう定義したらいいでしょう?
「カップ」と「マグ」の違いを考古学的に見る
「カップ」の定義を考えるために、「カップ」とよく似た器の「マグ」を比較してみると面白いかもしれません。
「マグ」も「カップ」も人類が古くから利用してきた器です。では、簡単なクイズです。つづいて、出てくる写真は、「マグ」でしょうか? 「カップ」でしょうか?
答えは「マグ」です。これは紀元前2500年頃のもので、中国から出土しました。材質は木製です。考古学の出土品として紹介されるマグは、古いものは木製ないしは動物の骨で作られているものが多くあります。その後、時代が下ると素焼きのマグが、さらに下って紀元前1000年代になると金属製のマグが各地で作られるようになりました。では、次の容器は「マグ」でしょうか? 「カップ」でしょうか?
こちらは「カップ」です。紀元前300年頃に作られた陶製の逸品であり、出土したのは現代のギリシャにあたる地域です。ギリシャ美術に造詣の深い方ならすぐに「カンタロス」と呼ばれる形の「カップ」だとお分かりかもしれません。もっぱらワインを入れるための容器であり、宗教的催事に使用されたりもしました。イコノロジー(図像学)の視点から見れば、ディオニソスのアトリビュートということになります。ディオニソスじゃなくて、酒の神はバッカスだろ? と思われる方もいるかもしれません。バッカスはディオニソスがローマ神話に移植された際の呼び名です。
小難しい美術の話は脇においておくとして、今も「〇〇カップ」と名のついたスポーツイベントは無数に存在します。その「カップ」とはこの古代ギリシャの器の一形式からきています。レーシングカードライバーやサッカー選手が表彰式で高らかに掲げるあの優勝カップは、まさにこれら古代ギリシャの「器」とよく似た形のものではないでしょうか。
「カップ」と「マグ」の違いはどこにある?
上の二つの「カップ」と「マグ」から、カップとマグの違いを説明することはできるでしょうか?
実は、その形状や使用目的、また作られたり使用されたりした地域ないし、材質などによって、カップとマグの二つを区別することはできません。
「カップ」と「マグ」の違いは、慣習的に決められた容量の違いでしかなんです。ポイントとなるのは、「慣習的」という部分です。OEDをはじめ、複数の辞書の定義をみるとはっきりしますが、カップとは「small(スモール)」つまり「小さい」という形容がつく「飲用の液体を入れるための器」全般を指す言葉です。
一方のマグには「シリンダーのような」とか「背が高い」といった形容がつく場合もありますが、基本的には「カップ」の定義から「small」という形容を外しただけのもの。つまり、「カップ」より大きければ「マグ」と呼んでよく、「マグ」より大きくなると、今度は「花瓶」だったり「壺」だったりと名称が目的に応じて変化し、「食器」ではなくなってしまいます。ただし、これらの区別はある特定の文化圏に暮らしている人々が使用する器のなかで「比較的大きかったり」「比較的小さかったり」する意味でしかありません。
現代の「カップ」と「マグ」の容量の差
私たちの暮らす現代社会において、「カップ」と「マグ」にはどれほどの容量の差があるのでしょうか? これは慣習的な違いでしかないので、個人によってもズレはありますが、おおよそ言えるのは以下のような違いです。
Cup(カップ)120ccから150ccの飲み物を飲むのに適した容器。
Mug(マグ)カップの倍(250から330cc)ほどの飲み物を飲むのに適した容器。
マグの方が二倍ほど容量が大きいようです。
器についている取手(ハンドル)に意味はない?
この記事を執筆する前にもadsum coffeeの社内で検討したのですが、器についているハンドルの有無は、やはり容器の種別とは関係がないようです。たとえば、中国や日本の茶器の場合がそうです。小型の「湯呑み」であれば「カップ」と呼ばれます。反対に、茶筅(ちゃせん)を使って泡立てたお茶をいただくための「茶碗」など、両手で持つような茶器は「Bowl(ボウル)」と呼ばれます。「カップ」とは比較的容量が「小さい」ということから来る呼称であり、形状が問題になっているわけではありません。
他方、形状から名前を与えられる器も存在します。たとえば、ワイングラスならば「stem(軸)」の有無でワイングラスかどうかを見分ける考え方があります。ワイングラスの歴史を調べてみると、「stem」の誕生を中世のキリスト教の祭事具に見い出し、ワイングラスの発祥としているものも見られます。ただし、少し古代の器を知っていれば、高杯の容器はさまざまな地域に古くからあり、必ずしも「stem」の有無だけでワイングラスの誕生と言えるのかは不明です。
ところで「コップ」って何?
これは本論からは多少それますが、この記事の内容チェックをしている段階で、下の記事に出会いました。ギリシャにも「使い捨てのカップ(コップ)」があったよ、というものです。さしずめ現代の「紙コップ」のような使われ方をしていたようです。
ここで、ふと気になったのですが、日本語の「コップ」とはなんでしょう? 「コップ」とはオランダ語の「kop」から来た言葉で、英語の「カップ(cup)」と同じく、ラテン語の「cuppa(クッパ)」から生まれた単語です。つまり、「カップ」も「コップ」も同じものを指しているにすぎません。
ついでに「マグ(mug)」の語源も確認しておきましょう。こちらの方が興味深い。「マグ(mug)」という言葉自体は英語圏で1560年代から使用が始まりましたが語源ははっきりしません。綴りが近いところではスウェーデン語の「mugg(素焼きの器)」やノルウェー語の「mugge(温かい飲み物を入れるためのピッチャー)」があるものの、はっきりしたことはわかっていないようです。
まとめ
この記事では、「コーヒーカップの誕生」に迫る目的で、まず「カップ」が何か? について調べてみました。カップとは「飲料の飲み物を入れる器のうち比較的小さな容器」という意味だとわかり、形状や素材は特に問題にはならないということでした。
最後に忘れないように記しておきますが、「ブラジャーのカップ」は、実はとても歴史の浅い言葉で、19世紀になってから使用されるようになったに過ぎません。器としての「カップ」の形状に女性下着が似ていることから使われるようになりました。同じく、卵用の容器のことを「egg cup」と呼びますし、男性スポーツウェアの下着につけられているプロテクターも「カップ」と呼ぶそうです。これらもまた「飲用の器としてのカップ」に形が似ていることからつけられた名称です。
次の記事では、いよいよ、「コーヒーカップの誕生」、つまり「コーヒー専用のカップ」が生まれた瞬間に迫っていきます。