子どもと一緒に美術館体験を! 国立美術館との取り組み「Connecting Children with Museums」をAdobe Foundationが支援
アドビが設立・出資している民間財団「Adobe Foundation」では、アドビの理念である「Creativity for All(すべての人に「つくる力」を)」を推進するため、世界中の美術館やアーティストを支援する活動を行っています。2024年7月には、独立行政法人国立美術館(以下、国立美術館)と協同し、「Connecting Children with Museums」という取り組みを実施することを発表しました。このConnecting Children with Museumsの実施に至った背景や全国の美術館が抱える問題意識と、Adobe Foundationがそれらの課題解決にどう応えるのか、そして今回の取り組みを通じて実現したい未来について語り合いました。
美術は沈黙して鑑賞しなくても大丈夫
―Connecting Children with Museumsとはどのような取り組みなのですか?
滝本昌子氏(滝本氏):ひとことで言うと「1人でも多くの子どもたちに楽しい美術館体験を提供する」という取り組みです。国内にある7つの国立美術館では、これまで館ごとに子ども向け施策を実施してきました。今回はそれらの施策をConnecting Children with Museumsとして横串を通し、国立美術館全体の取り組みとして打ち出していこうということになったのです。
新しい試みとして、ウェブサイトでこの取り組みを発信しています。これまでは各館で施策を実施してもなかなか伝えきれていませんでしたが、今回Adobe Foundationのご支援により特設サイトを開いて、事前告知はもちろん各館での取り組みの模様を報告することになりました。このウェブサイトを見て、親御さんが「子どもたちを美術館に連れていこう」というきっかけにつながっていくことを期待しています。
谷口仁子(谷口):Adobe Foundationは米国に本部があるのですが、今回のコラボレーションに当たって財団のキーパーソンと国立美術館さんとでオンラインミーティングしてからあっという間に企画が決まりました。
滝本氏:今年(2024年)の3月にAdobe Foundationさんに必要書類を出して、7月に施策がスタートしましたから、本当に短期間でした。
―どのような経緯で今回のConnecting Children with Museumsが企画されたのでしょうか。
滝本氏:小さいお子さんがいるご家庭にとって、「子連れで美術館」というのはとてもハードルが高いと思います。
日本の美術館はとても静かです。「静かに鑑賞しないといけない」と思っている方が多いのだろうと思います。しかし実際には、友だちや家族と自由に感想を語り合いながら鑑賞していただくことはむしろ大歓迎なんです。
美術館内で私語厳禁ということはありません。「あっちの方が好きだな」「これ、いいね」と会話しながら鑑賞すると楽しさも一層増しますよね。お子さんも、作品に触ったり走り回ったりするのは困りますが、親御さんと一緒もしくはお友だち同士で自由に鑑賞していただければ、とずっと思っていたのです。
谷口:今回のファンディングに当たり、オンラインミーティングで「どういうことをやりましょうか」と話し合った時、国立美術館のチームから「周囲からのプレッシャーで『お子さんを連れて美術館に行けない』という方々のために、声をあげて泣いたり笑ったりしても気兼ねせずに美術鑑賞をできる日を作りたいんです」と言っていただいたんですよね。米国チームも「それは素晴らしい、ぜひやりましょう!」と即答し、具体的な企画がスタートしました。
滝本氏:私たちが行っている美術館に関する意識調査で「美術館に来ない理由」について聞いたところ、30代女性では「子どもと一緒に楽しめないから」という回答が目立ったのです。また「美術館に導入してほしい設備やサービス」について聞くと、やはり30〜40代女性からは「おしゃべり鑑賞デー」や「キッズルームの設置」といった声が聞かれました。これはつまり、「今の美術館では不十分」ということなんです。
私たちは美術館を「開かれた場所」と言っていますが、さまざまな調査・アンケートを見ると、決してそういうわけではないことがわかります。特に、これからの未来を担っていく子どもたちとその親が「行きづらい」というのなら、これはどうしても解決しなければ、とずっと思っていました。
美術館と子どもの距離を縮めたい
―具体的な取り組みの内容を教えてください。
滝本氏:大きく3つの取り組みがあります。まず1つは「連れて行きやすい環境作り」です。具体的にはファミリーデーもしくはファミリーアワーということで、「今日は子どもたちが主役なので、子どもが声をあげて泣いたり笑ったりしても周囲の人は受け入れる」という日・時間を作るものです。東京国立近代美術館では9月21・22日に「Family Day こどもまっと」を開催しますし、上野の国立西洋美術館も乳幼児連れ来館者向け特別開館日を設ける予定で、京都国立近代美術館や大阪中之島の国立国際美術館でも同様の取り組みを行います。
もう1つは、より深い鑑賞体験の実現に向け、子どもが参加できる体験プログラムや工作のワークショップ、鑑賞ツールの企画・配布です。1つめのファミリーデーなどにも合わせて実施するなど、全館で取り組みます。
そしてこれらの取り組みについて、1つのウェブサイトに集約して発信していきます。これまでは情報発信も館ごとでしたが、今回のConnecting Children with Museumsでは、初めて法人全体で発信を行います。各館をつないでいく法人として力を発揮していく良い挑戦になったと思います。
谷口:東京国立近代美術館さんは昨年も「こどもまっと」を開催されていましたよね。昨年の反響はいかがでした?
滝本氏:想定以上の反響で、本当にたくさんの方々にお越しいただいたんですよ。それはもう、スタッフが「こんなに人数が来て大丈夫?」と心配するほどで、ベビーカーの長蛇の列ができるほどだったのです。その光景から「普段はなかなか子連れで美術館に行けないんだ」というみなさんの声が聞こえるようでした。
昨年の反省を活かし、今年は事前予約制で安全に鑑賞いただける環境を整えて実施する予定ですが、こうした取り組みを継続し、少しずつでも回数を増やしていければ、美術館と子どもたちの距離が縮まり、10年後20年後に大きな花が咲くと期待しています。
Creativity for Allの実践に向け世界中の美術館と連携
谷口:Adobe Foundationはアドビの理念である「Creativity for All」を推進すべく、現在は、米国・英国・ブラジル・インドの美術館・博物館とコラボレーションしています。より多くの方にアートに触れる機会を提供したり、美術館でのアーティスト・イン・レジデンシーを支援したり、アーティストとコミュニティのつながりを構築したりなどさまざまな活動をしています。
―今回、国立美術館とコラボレーションしたきっかけは?
谷口:Adobe Foundationは、ただ寄付を行うだけではなく、「Creativity for all の思いを同じくして、一緒に考え、活動していけるパートナーとなれるか」を重視しています。
また、アドビと各美術館だけのパートナーシップではなく、世界中の思いを同じくする美術館と力を併せて、活動をより良いものにしていくために美術館同士の交流もサポートしています。そのためファンディング条件の1つに「参加している美術館は、年次総会に参加し活動の報告と相互サポートを行う」というものがあります。今年度は、ロンドンのV&A Museumに全美術館の代表が集まりました。年次総会と言っても堅苦しいものではなく、それぞれが課題感を共有したり、それについて親身になってアドバイスしあうような、参加美術館同士によって大きなファミリーが出来ているような雰囲気です。
国立美術館さんはお話を始めた段階から、アドビの理念に賛同していただいていると感じましたし、Adobe Foundationのファミリーの一員になっていただくイメージも湧きました。今年4月の年次総会にもご参加いただきました。
滝本氏:私たちはまだ具体的な活動を進める前だったので、美術館の自己紹介と今後やっていきたい活動について発表しました。私どもからはエデュケーションの研究員が参加したのですが、とても刺激になったと聞いています。
谷口:国立美術館には、7つの国立美術館があるということで、みなさん興味津々でしたね。それに、初めて東アジアの美術館が参加することになったので、ほかの美術館の方も「ぜひいろんなことを学びたい」と積極的にお話されていました。
ロンドンでは、子どもたちのための博物館「Young V &A」を案内していただく機会もありました。V&Aでは、博物館の企画段階からこどもたちの意見や要望を積極的に取り入れて、一緒に作り上げていったそうです。もちろん館内では泣いても叫んでも大丈夫ということで、毎日たくさんの子供達や家族で賑わっています。とても素晴らしい取り組みだなと感じたので、日本でも同じようなことが出来たらいいなと思いました。
滝本氏:本当にそうですね。これからが楽しみです。
クリエイティブ面でのサポートにも期待
―Adobe FoundationはConnecting Children with Museumsをどのような形で支援しているのでしょうか。
谷口:合意した方向性に沿っていれば、個別の企画の詳細に対しては基本的には美術館側に内容とコントロールをお任せしています。美術館のこと、来場者のことはそれぞれのご担当者が一番わかってらっしゃると思いますので。私たちは、寄付金の交付、企画コンセプト等の検討、Adobe製品を使って頂けるライセンスもお渡しして、サポートを行っています。
滝本氏:国立美術館は国からの予算をベースに運営されており、あれもこれもとやりたいことが全部実現できるわけではありません。それでもファミリーデーなどの取り組みは、昨年大きな反響を呼んだので、今年も実施したいと思っていました。ただ今年は予算的に厳しく、「せっかく根付きそうだった子どもと一緒の美術館体験」が途切れそうだったところ、Adobe Foundationからお話をいただき、ご支援いただけることになったわけです。
冒頭で「スピーディーに進んだ」という話がありましたが、準備期間が短かったのでやはり苦労はありました。そこを乗り越えられたのは、関係者全員が「子どもたちに美術館を体験してほしい、楽しんでほしい」という思いを共有していたからだと思います。
谷口:私たちも子どもたちに美術館が開かれることはとても素晴らしいと思っていますし、感受性の豊かな時期に美術に触れる機会をさらに増やしていけば、社会も良い方向に変わると思っています。
それに日本の美術館を支援できるということも嬉しく思っています。日本の美術館は運営上のさまざまな苦労があるかもしれませんが、Adobe Foundationのファンディングが少しでも役に立っていればいいなと思います。
日本のアドビ社内でも今回の取り組みは話題なんですよ。オフィス内でも注目されていて、「国立美術館とコラボレーションするなんてすごいね」「行ってみたい」「アドビがクリエイティブコミュニティーに対して貢献できていて嬉しい」とみんな興奮しています。
―今後、どのようにコラボレーションを発展させていきたいとお考えですか。
滝本氏:今回ウェブサイトを通じて各館の活動を1つの線でつなぎ、総合的な取り組みとして打ち出せたことは大きかったと思います。美術館発展のためにもこうした活動は各館でこれからも続けていきたいですし、それを大きく1つの「国立美術館としての取り組み」として打ち出していくために、クリエイティブ制作も含めていろいろご相談させていただきたいのでぜひよろしくお願いします。
谷口:こちらこそよろしくお願いします。できるサポートは可能な限りしていきたいと思っています。クリエイティブ面のサポートはもちろん、アドビのツールをご利用いただいているクリエイターさんのコミュニティとの連携をご支援したり、いろいろな可能性があると思います。
将来的には、他の美術館が実施されているアーティスト・イン・レジデンスのような、アーティストの種を育てるような取り組みも国立美術館さんと一緒に展開できたらいいなと思います。
Adobe Foundationについて:
Adobe Foundationはアドビが設立・出資している民間財団です。これまで米国のニューヨーク近代美術館(MoMA)、英国ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A museum)、ブラジルの映像・音響博物館(Museum of Image and Sound)、インド・バンガロールにある芸術・写真美術館(Museum of Art & Photographyと共にCreative Residentsやクリエイティブプログラムを実施しています。詳細は「Adobe x Museums」をごらんください。
独立行政法人国立美術館について:
2001年4月に設置された独立行政法人で、本部は北の丸公園・東京国立近代美術館内にあります。運営施設は東京国立近代美術館・国立工芸館・京都国立近代美術館・国立映画アーカイブ・国立西洋美術館・国立国際美術館・国立新美術館の7つの美術館と、調査・研究を目的とする国立アートリサーチセンターです。