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将来の夢を決めうちした話。


どうもみなさん!

あんどーまいかです。


あんどーまいかとして1番はじめに書くなら
きっとこの話だろうな、と思ってかきはじめました。

夢とともに生きてきたなあと
たった20数年しか生きてない状態でも思うほど、
夢におもきをおいてきたので
長々と書いちゃうかもしれません。

あんどーまいかである前の
将来の夢を決めたときの話です。



将来の夢についてですが、、



将来の夢ってなんでしょうね。

調べると、

【今後の実現させたいこと】

みたいな意味合いになります。

でも小学生の頃って何故か

【職業を選ぶこと】

だと思ってたんですよね。

でも私はなんとなく気付きました。

なにがしたいかを考えることで
必然と夢が定まってきて、
なんでかわからんけど変えちゃいけないような
そんな気持ちになってました。

なので
私は将来の夢を決めうちすることにしました。


そんな小学生の頃の話です。



私が小学四年生の頃、
二分の一成人式というイベントがありました。
(10歳だから半分大人やでってゆうイベントです。)

学校内行事です。

記憶朧げですが、
いろいろな演目がありました。
その中に
ひとりひとりが将来の夢を叫ぶという演目がありました。

本当にひとりずつ叫んでました。

私はー〇〇になるー!

僕はー〇〇になるー!

海賊王もびっくりするくらい
みんな〇〇になるー!っていってました。

もちろん、事前に将来の夢について考えさせられます。

私がいたクラスでは
教室の後ろに貼り紙ができるスペースがあり、
それぞれの当日発表する夢を
事前に張り出していました。

当時の記憶があやふやですが、
七夕に飾るような短冊よりも小さい紙に
それぞれが将来の夢をかきました。

もちろんその紙が配られた日に書くのではなく、
書けた人から提出しましょうだった気がします。
猶予みたいなのがありました。多分。

私はよく考えて、いっぱい想像して、
キラキラな未来を思い浮かべていました。

期間内に書かなきゃという焦りもありつつ

これは一生の目標になるぞ、と
その時から何故だか思ってました。

小学生の頃の夢をいつまでもおぼえている人は
クラスに何人いるんでしょうか。

それでもこれは何十年先続く目標になるだろうと
直感的に思っておりました。
悟りの早い小学生だったと思います。

小学校低学年では
お花図鑑や花言葉の本を読んで
お花屋さんを夢見たり、
絵を描くのがすごくすきだったことから
漫画家やイラストレーターを夢見たりしました。

キーになるのは好きなことでした。

本当は思い浮かんでたけど
決め手がなくて決めきれないものがありました。
私は歌うことが大好きで、
音楽の授業が増えればいいのにって
思ってました。
(楽器はそんなに好きじゃなかった…)

未来のことをふわっと描いたことはあっても
具体的には何も考えてないです。

いや、当たり前ですよね。

人生を考えるのはどう考えてもはやい。

だけど、一生付き合うものだと思い、
よく考えました。

好きなもの=楽しいもの
楽しい夢がいい。
人を救えるヒーローみたいな夢がいい。
そんな圧倒的主人公思考でした。
世界を変えるタイプの妄想も経験済です。

本当は夢を口に出すの恥ずかしかったと思います。

背伸びするタイプだったのです。
でも自意識がとにかく高かった。
さらに天邪鬼でした。
(属性過多…)


誰かと被りたくない気持ちがありました。

無邪気な純度100パーセントな夢を語れない。

そもそも得意不得意もわからんのに
すきなものくらいしか図れるものさしはない。

考え方が短絡的すぎてまとまらないので
私は自分会議を開催しました。

私はなにがしたいんだろう、
なにをすれば世の中のためになるんだろう。

母はよく、好きなように生きな、と
私と姉に言ってくれていました。

すきなものをすきでいれることが
好きなように生きるってことなのかな。
好きなもののためにいきるのが夢になるのかな。
小さい夢ならたくさんあるけど
私のやりたいことはなんだろう。
と悩みました。

当時の私は、
優しくていい子と思われるために
がんばるような子でした。

漠然と人を救いたいと考えるような子でした。
(当時尊敬してたのマザーテレサでした…)

でも将来の夢は
自分の未来のために、自分のことを考え、
自分と相談する必要がありました。


本当にすきなこと。
そして私がすくわれたもの。


考えに考えて、夢を二つに絞りました。


それは
【作家】と【歌手】です。

作家といっても私がセラピー本と呼んでいる
エッセイ本や絵本、プレゼントブックなどの
優しい言葉がたくさん載ってる本の作家です。
心療内科に置いてそうな優しい本に
小学生ながらにめちゃくちゃハマってました。
自分が色んな言葉に救われたので
誰かの心に残る言葉を残したいと思いました。

そして、
ほんとはずっと候補にあったのが歌手でした。
重複しますが、
うたうのがとてもすきだからです。

下校中はよくうたいながら帰っていました。
公園でよく木に話しかけたりするタイプなので
空に向かって歌うような、電波ちゃんでした。

音楽の授業が1番好きだったし、
好きなうたは繰り返し歌って覚えました。

CD全盛期だったので
いろんな音楽が家にありました。

そして当時好きだった歌手が
作詞作曲を自分でしてるタイプの人だったので
私の言葉で歌を人に届けたいと思うことは
必然だったかもしれません。

言葉を綴るのがとても好きでした。
だからこの2択になったんだと思います。

合唱の時だって歌詞から覚える。
歌詞から曲を覚えて
言葉のイントネーションが歌だった。
(このメロディー把握能力のなさが
のちのち響きますが歌は言葉だった。)

言葉はこころを軽くすることがある。
それを身をもって実感してました。

なにより音楽の授業がめちゃめちゃ好きだった。
うたうのもめちゃめちゃ好きだった。

でも好きなことと仕事は別モノじゃないか、
小学生ながらに自分が飽き性と気付いてました。
完全な三日坊主型。
ゲームを全クリする前に別のゲームをし始めちゃうタイプ。


すきなことをつづけたい。
なによりたのしいことをしたい。
でも夢って試練に似たものというイメージ。

すきなことってだけで選ぶのは
なにかちがうのかなという気持ちを覆せず
無限ループしておりました。悩む。

他に歌手と書いてる人がいないかを確かめ
後ろに増えていく人の夢をみながら、
自分の夢を書く勇気がでない。決め手に欠ける。



では決め手はなんだったのか?
勇気はいつ出せたのか?


漠然的な将来の夢という壁を
ぶち壊すきっかけの出来事がおこります。


当時はみんな小学生です。
なんとなくで悩んでたと思います。

もちろん休憩時間や自習時間に
同級生と将来の夢って何書いた〜?って
話題になりました。

私は正直に
「歌手にしようか迷ってる」と言いました。

そしたら
横からはいってきた子が

え、音痴なのに?

って言いました。


たいして仲良くもないクラスメイトが。
(しかも話してた子じゃない)
(完全に横からはいってきた子に)

カチーン

少しの間フリーズしました。


一緒に話してた子は、
わたわたしながら
でも優しい声してるもんねっていう謎のフォロー


私って音痴だったの?

全然気づいてない短所をつきつけられ、
おまえごときが?歌手ですか?
という行間を読む力まで
開花しちゃいました。(被害妄想)

なんとか平然を装った記憶があります。
完全に羞恥。初めての恥じらい。

ほんと、ピストルで撃たれたレベルのびっくり。

そしてすぐに、衝撃がきて、傷ついて。
負けず嫌いの血がさわいでしまいます。

世界チャンピオンレベルのファイターです。
傷つけられてもなお立ち直ります。

一旦考えます。
(この間数秒)

周りにフォローされている状況の中

あれ?私ってほんとに音痴なのか…?

と、心当たりのある節を思い出します。

でも全然心当たりないんです。恥ずかしい。
これが客観的感想なのか。
私って気づいてなかっただけで
ほんとに音痴なのかもしれない。
歌手に音痴な人なんていないのに。

その瞬間です。

決めた。


私、歌手になる!!



書いてて恥ずかしくなっちゃうけど

決め手はディス。逆境。

そう、主人公思考なのでひらめくのです。

音痴が歌手になったらすごない?
言い返したかどうかはあやふやですが、
音痴が歌手になるのはすごいこと!
とめちゃくちゃテンションあがったのを
印象に残ってます。(なんでやねん)

なんだかんだで
このクラスメイトの一言が
きっかけになりました。

私が自分を音痴だと自覚したのが決め手になったのです。


うたうことが下手だったこと。
いわゆる下手の横好き。
音痴だといわれたこと。

これだ!と思いました。

一生かけて証明したい!
音痴でも歌手になれるのかを!

これが、やりたいことだ!

歌手になりたい、というより
無理そうな夢を叶えることをうたいたい。
それはとても人に勇気をあたえることなのでは!?

そんな想いを秘めて

将来の夢を決めうちしました。

下手くそでもうたをうたいつづけること。
(むしろうたいつづければ上手くなると思ってた)

ゴールさえ決めたらもう
あとのルートはなんだっていい。
私の将来の夢は歌手だ〜!!!

もはや、夢というより
将来は歌手だってかんじ。
歌手になるんだ!の気持ちがすごい。

だってうたいつづければ
やりたいことができる。

そう思ったのです。

ひねくれてひねくれて
1周回ったタイプなので、

まっすぐに、それはもうまっすぐに。

下手だった人が夢を叶えたほうが
なによりも夢があるやん。と思ってました。


もちろん音痴といってきたクラスメイトを
見返したいな、という気持ちもありました。

でも
ハンデを背負ってる人がゴールするかっこよさ。

どんでんがえしやさよなら逆転ホームランの感動。

マイナスからのスタートなら、
より長い距離をたのしめるよねという思考。

苦行の天才。滝にダイブするような性分。

かっこつけたことを考えるのが
好きだったことも要因ですね。

そういったドラマチックなのが好みなのです。

将来の夢は歌手。

そう決めてからの人生の選択は
わかりやすくて、まっすぐ進めました。

10歳で決めた将来。

よし、決めた。ってかんじ。
勢いでのしあがるテンションです。

もちろん冒頭の短冊よりも小さい紙に
歌手って書きました。

その決意のあとになって、

うたうことは言葉を綴ることもできるし、
私は最高の選択をしたのでは!?と思いました。


私はアーティストのプロフィールとか
ぐぐったやつを読むのが結構好きでして、
(作品のバックグラウンドとかでより一層
感動しちゃったりするタイプ)

当時流行っていた歌手の
プロフィールとかを見ると、
だいたい幼い頃からピアノをしてたり、
音楽に触れていることが記載されていて
絶望したりもしました。

だったら、音楽もピアノもやってない私が
歌手になるのはきっとすごいことで、
だれよりもかっこいいことになる。

そして歌手を目指せる人もふえるはずだ。
みんなでうたうのはすごくたのしいことだ!

と思っていたのを今でも覚えています。
(合唱曲が好きだったので、、、)

習い事をする余裕がないのもありましたが、
言葉を綴ることは誰にでもできる!と思い立って
そこから毎日作詞に挑んだり、
いいフレーズを思いつけばすぐメモる癖がつきました。

根拠のない自信があふれてました。
その根拠の無い自信はしばらく続きます。

何年経ってもあの頃のワクワクを覚えているし、
このために生きるんだ!って思ってました。
(重い)

毎日が音楽の授業だったらいいのにって
思っていた決めた後の私

そんな願い事の中にいつでもいけること。

紆余曲折を経て、
音楽をつくってうたうことができること。
今、そんな夢の中にいること。

思い出せること。

とても、大切な事だな、と思います。

今も将来の夢は歌手。

形は変わりつつも、
うたうことがたのしいことであることを
なにより大事にしたい。

心がかるくなるハッピーエンドな
音楽を続けて行きたいと思ってます。

うたうのはずっとすきです。
すきでいることができました。

やっぱりやーめたってできるのに
ゴールまでの寄り道になっちゃいます。

あのころ決めうちしてよかったなんて
思うこともある。

全部がつながっちゃう道のりです。


忘れないでおきたいし、
忘れたとしても何度でも
思い出したい出来事です。


夢なんてあってもなくても
生きていけるけど、
うたうことはやっぱりずーっと楽しい。


一緒に人々を楽しい世界へ。

おわり。

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