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候補生の「免官」

 一部で重宝されている復刻版の「海軍義済会員名簿」。海軍義済会は海軍士官の互助組合みたいなものだが、現在では事実上海軍士官名簿として利用されている。自分もずいぶん昔に神田の文華堂書店で入手した。確か1万6千円くらいしたと思う。

 で、その名簿を見ていると記事のところに「戦死」とか「免官」とか書かれているのだが、意外に候補生に免官された者が多い。「若いころにやんちゃをやって首になる人が多いのかな」などと思っていたのだが、先日唐突に気づいた。
「少尉に任官したあとは終身武官だけど、候補生はそうじゃないんだ」

 このあたりの記事でさらっと触れてはいるものの、ちゃんと説明はしてこなかった。海軍将校分限令で

第二条 将校は終身其官を保有し其制服を著し其官に対する礼遇を亨く之を将校の分限とす
第四条 本令は将校相当官、特務士官、予備将校及予備特務士官に適用す

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 と定められていて、将校を含む海軍高等武官は現役を退いても退役になっても生涯その官(=階級)を保有することになっている。海軍武官服役令では

第十四条 現役又は予備役の士官、特務士官及准士官疾病其の他身体又は精神の異常に因り永久服役に堪へざるときは服役を免ず
第十七条 士官、特務士官及准士官左の各号の一に該当するときは退役とす
 予備役を終りたるとき
 第十四条の規定に依り服役を免ぜられたるとき

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と規定されており、士官を含む高等武官は病気などで勤務に耐えないとされたときには退役とされるが、退役となっても武官の地位は保っている。免官になるわけではなく役務の変更に過ぎない。だがこの「将校」には候補生は含まれないのである。

 候補生の服役については海軍武官服役令には規定がなく、海軍武官任用令に

第九条 候補生及見習尉官は現役海軍軍人とし其の身分は奏任官の待遇とす
第十条 候補生及見習尉官は情願を以て之を辞することを得す
第十二条 候補生又は見習尉官にして左の各号の一に該当する者は之を免す
 傷痍又は疾病の為士官たるに適せさる者
 (以下略)

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とある。いったん候補生に採用されると自分の希望では辞められないというのはちょっとどうかと思うが、その一方で候補生にふさわしくないとされればたちまち免官になってしまう。現代の企業で採用直後の試用期間中に病気になるようなものだろうか。

 では将校で免官になるのはどういう場合かというと、これも海軍将校分限令に

第三条 将校は左に掲くる事項の一に依るに非れは其分限を失ふことなし
 本人の請願を許容し其官を免せられたるとき
 日本人たるの分限を失ひたるとき
 刑に処せられ其官を失ひたるとき
 武官たるの本分に背き勅裁に依リ免官となリたるとき

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とある。整理すると(1)本人の希望 (2)日本国籍の喪失 (3)刑法犯として有罪 (4)行政処分が挙げられているが、病気や負傷では免官にならない。候補生と少尉以上の武官では身分保障に格段の違いがあることがわかる。

 候補生は海軍兵籍に編入され現役海軍軍人として服役することになり、徴兵検査を受けずにすむ(兵役法施行令)。

第五条 武官又は武官の候補者にして徴兵検査を受くる前より志願に依り兵籍に編入せられ居る者に対しては兵籍に在る間徴兵検査を行ふことなし
(第二項略)

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しかし候補生を免官になって海軍兵籍を失うとどうなるか。兵役法施行令には容赦なく「改めて徴兵検査を受けること」とされている。

第六十六條 志願に依り兵籍に編入せられたる者にして兵籍より除かるるに至りたる者勅令の定むる期間服役せざる者なるときは更に徴兵検査を行ふ
(第二項略)

原文カタカナ

もっとも、候補生としての現役勤務に耐えないくらい病状が重いのであれば、診断書を添えて免除を申請すれば検査免除あるいは服役免除になるだろう。


 自分は高等武官の感覚で「刑法犯あるいは不祥事でもないかぎり免官にはならない」と考えていたので、免官になった候補生について「何かやらかしたんだろう」と思ったのですが、候補生の間は病気や負傷でも免官になると気づきました。改めて誤解をお詫びします(誰に

 冒頭に記したように突然ですが閃いて「忘れないうちに」と書いた内容でした。
 では次回またお会いしましょう。

(カバー画像は旧海軍兵学校生徒館)

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