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大谷翔平とトム・ブレイディ

 最近、X で「大谷翔平の活躍を自分の手柄であるかのように持ち上げるのが気持ち悪い」という投稿が賛否両論を呼んでいた。自分の立場はどちらかと言えば「賛」に近い。この件で議論する気はないけれど、そうした考えに至った経験を述べてみよう。

体育と部活

 まず前提として自分はあまり運動が得意ではなかった。それは小学校のころにはすでに明らかで、体育の時間が好きだというクラスメートの気が知れなかった。草野球チームに入っていたこともあったがいっこうにうまくならず、外野を守っていてもフライを捕球できたためしがなかった。中学校では何を血迷ったのか運動系の部活に入部した。当時はなんらかの部活に入部するのが当然の時代で、しかも文化系の部活はブラスバンドと美術部しかなかった。入部したのはいいけれどレギュラーにはなれず万年補欠だった。自覚していたのでそれはいいのだが、レギュラーになったやつがマウントをとってくるのが腹立たしかった。そいつはチームのエースでもなんでもなく、ただぎりぎりレギュラーにひっかかったという程度でしかないのに、そういう輩にかぎってマウントをとってきた。高校では運動部は最初から選択肢になかった。しかし体育の授業ではやはり運動部の連中がでかい面をしてマウントをとってきた。いっておくが甲子園常連でもなんでもないスポーツ無名校だ。こちらは体育の授業にそれほどの熱量はないのでスルーした。

スポーツ

 運動は苦手だがスポーツ観戦は嫌いではない。プロ野球のパリーグにハマっていた時期もあったりしたのだが、そのころちょうどJリーグが始まったサッカーにはハマらなかった。当時は頻繁にTV中継があったのだが、見慣れた野球と比べても展開が間延びして面白いと感じなかった。我慢して見続ければ面白く感じるようになったのかもしれないが、飽きっぽい自分にはそこまでの気力がなかった。逆にそのころハマったのが NFL だった。北米のアメフトプロリーグである。たまたま見たスーパーボウルが、ジョー・モンタナが大逆転の「ザ・ドライブ」を決めた試合だった。そのころ日本で見られたのは年に一度のスーパーボウルくらいだったが、それからしばらく経つと NHK が BS で毎週中継(録画だが)するようになり、急速にハマった。さすがにエンターテインメント本場の国だけあって見ている側を飽きさせない工夫は素晴らしく、まんまとその術中に陥ってしまったわけだ。

カナダ

 2001年の6月から8月、約3ヶ月間ほど仕事でカナダ・トロントに滞在した。もともと出不精の自分はあまり遊び歩くようなことはせず、夜や休みにはもっぱらホテルでスポーツニュースを見ていた。ドラマやバラエティを見るような英語力はなかったのだ。2001年がどういう年だったかというと、イチロー選手と新庄選手が初めてメジャーリーグに参加した年だった。ところが3ヵ月間北米にいて、そのあいだほぼずっとスポーツニュースを見ていたにもかかわらず、イチローの名前を聞いたのは一度だけ、新庄についてはついに一度も聞かなかった。もちろん自分の英語力の乏しさで聞き逃したということもあるだろうし、それほど熱心に見ていたわけでもない。それでも「その程度の扱いなんだな」というのは強く印象に残った。季節は NHL がちょうど終わり、NBA と NFL はシーズンオフ、CFL Canadian Football League がぼつぼつ始まるという頃合い。主にとりあげていたのはもっぱら MLB だった。サッカーのニュースは記憶にない。まだシーズンが押し詰まっていないこの時期、ニュースで取り上げられるのはもっぱら自地区の攻防で、他地区のゲームは結果や途中経過がテロップで流される程度だった。そもそも時差がある北米では違う地区の試合は観戦しづらい。東海岸の夕方7時に始まるとすると西海岸では4時になる。仕事が終わるころには試合も終わっているのだ。逆に西海岸で夕方6時に始まる試合は東海岸では9時開始ということになる。試合が終わるのは真夜中で、やはり平日には観戦しづらい。というわけで、西海岸シアトルのチームに所属していたイチローの話題はそれほど取り上げられなかったのだろう。それにしても東海岸ニューヨークメッツ所属の新庄についてはまったく聞かなかった。

ブレイディのこと

 さて NFL のスーパースターといえば最近ではパトリック・マホームズだろうが、自分にとってはまずトム・ブレイディである。トム・ブレイディは2000年のドラフト6巡、全体199位という順位で指名された無名選手で1年目は登板がなかった。翌2001年、自分がカナダから帰国した直後にはじまったレギュラーシーズンではエースQB ブレッドソーの控えという立場で、開幕から2試合目、試合がはじまってまもなくブレッドソーがちょっとした怪我をし、大事をとって交代したのが2年目のブレイディだった。このデビュー戦でブレイディはチームを見事勝利に導く。ブレッドソーの負傷はまもなく癒えるがチームはブレイディを使い続け、エースと控えの立場は逆転してしまう。このシーズン、チームはスーパーボウルに勝利する。絵に描いたようなシンデレラストーリーだった。そののちブレイディは23シーズン在籍して最年長QB記録を更新した。選手寿命の平均が3年と言われるNFLで、である。しかもその間、プレイオフ進出を逃したのはわずかに3度(1年目の控え時期を含む)、スーパーボウルに10回進出し7回勝利。2003・2004シーズンにはスーパーボウルに連勝している。スーパーボウル2年連続優勝はその後2022・2023年シーズンまでない。ちなみにいまだかつて3年連続優勝したチームはない。NFL が戦力均衡につとめた成果でもあるのだが、それにもかかわらずその間ずっと勝ち続けていたブレイディは、日本でいえば貴乃花とか千代の富士くらいのスーパースターだった。圧巻だったのは2007年で、最終的にスーパーボウルで敗れたもののレギュラーシーズン全勝無敗(16試合)という圧倒的な強さだった。現役時代の末期、ブレイディの異名は G.O.A.T. Greatest Of All Time だった。

(追記)以下の画像はプレイオフでの勝利数とスーパーボウルの優勝数をCBSがグラフにしたもの。チームに混じってブレイディが個人でプレイオフ35勝、スーパーボウル7勝という成績を残している。

評価と報道

 というわけでブレイディの偉大さはどれだけ言葉を尽くしても足りず、フットボール関係者の誰もが認めるものなのだが、日本のマスコミの冷淡さといったらひどいものだった。スーパーボウルに優勝したとき、あるいはいったん表明した引退を撤回して移籍したときにちょっと流れるくらいで、日本のメインストリームのメディアで取り上げられることはほとんどなかった。米本国でどれだけ人気があっても日本ではアメフトはマイナースポーツに過ぎない。その事情はもちろん理解している。それにしても落差があまりにも激しいのは、マスコミがこうした環境の違いを拡大して誇張してしまう性格を持っているからだろう。大きなニュースはとことん大きく、小さなニュースは取るに足りないように扱うのがメディアだということに気づいたとき、自分がニュースを見る目は変わらざるを得なくなった。マスコミが「BIG BOSS」新庄をもてはやし、二刀流大谷を讃えていても「ブレイディを無視するマスコミの言うことだからな」と冷ややかに見る自分ができあがってしまった。もっともこれも日本に限った話ではなく、上で述べたようにアメリカのニュースで果たしてどれだけ大谷のことが取り上げられているのかわかったものではない。まあ、イチローの時代よりは扱いは大きくなっているだろうけど、特に東海岸では「なんか西海岸で記録を作ってるアジア人選手がいるらしいけど、プレイオフで対戦したらやっかいだな」くらいの認識の可能性は充分あると思っている。

日本とアメリカ、野球とアメフト

 結果として、アメリカのプロスポーツである NFL にハマったことで自分は日本ではなくアメリカ、野球ではなくアメフトという視点を持つことができた。二重の意味で日本の野球を相対化できる意識を得たのである。自分は NFL ではデンヴァー・ブロンコズのファンだが、物理的に近い読売ジャイアンツや千葉ロッテマリーンズよりも、距離としてははるかに遠いデンヴァー・ブロンコズのほうが心証としてはずっと近い。だから「日本人なら日本人を応援すべきだ」とか「日本人が活躍していたら喜ぶべきだ」という主張には違和感を感じる。自分にとっては大谷翔平よりもジョン・エルウェイ(とっくに引退したけど)のほうがよほど近い存在なのだ。実際にはエルウェイとも全然接点がないので、大谷はそれ以上に遠い。充分遠いという意味ては大差ないとも言える。
 「大谷の活躍が日本全体の評価を上げた」と評価するむきもあるけれど、コアなスポーツ観戦層以外にどれだけそうした認識があるものやら。そもそもアメリカでは野球はそれほど人気スポーツではない。ちょっと前に何かで読んだのだが、アメリカで一番好きなスポーツをアンケートで質問したところ、1位はアメフト、2位はバスケで、野球と答えたのは1割とか2割とかそんな数字だったという。それほど広くもないサークル内の評価を全体に広げるのは危うい。

 だから自分は「大谷が凄いし頑張っているのは確かだが、ブレイディも(あるいはエルウェイも)日本で報じられないだけでそれと同じかそれ以上に凄かったよ」と思うのである。そしてブレイディやエルウェイが凄かったのは彼ら自身が頑張ったからで自分が何か貢献したわけではないと考えると、大谷についても同じように考えるしかないのである。お金を払って試合を見に行っているとか、グッズを買ってるとか、PPVで観戦しているとかなら多少は貢献しているとは言えるだろうが、ワタシは大谷の活躍に何一つ貢献していない。ブレイディについては多少した(グッズを買ったりした)けれど、貢献したという意識はない。
 とは言え、お金を出さない応援が全く無意味とも言いがたい。支持者が多ければスポンサーもつきやすいし、CMの依頼もくる。チームも首にしづらいし、多少のスキャンダルは吹き飛ばすだろう(通訳問題のように)。それにしてもテレビなどのマスコミの大谷に対するはしゃぎっぷりは、さすがにちょっと気持ち悪い。

 大谷の活躍は結局のところ、日本とアメリカの野球界(ファンを含む)という限られた世界の中での「快挙」でしかない。けなす必要はないけれど、それ以上ではない。文句を言う人はあるだろうけど、自分にしてみれば「ブレイディについてはそういう扱いだったのに、大谷に同じ扱いをして何が悪いの?」と思ってしまうのだ。

(カバー画像は2001年シーズン・スーパーボウル初優勝のブレイディ)

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