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2022年ノーベル文学賞受賞「アニー・エルノー」の「シンプルな情熱」を読んでみました

こんにちはRYUです。皆さん読書してますか? 私は東京から名古屋に居住地を変え、通勤時間が短くなってからは読む時間がめっきり減ってしまいました。そんな折、たまたま今年のノーベル文学賞を受賞した作品を本屋で見つけて読んでみたら・・・示唆に富んだ、なかなか良い内容でした。「読書の秋」でもあるので、今日はネタバレ無しでこちらの作品を紹介してみたいと思います。

80代で受賞した作家

今回受賞した作家「アニ-・エルノ-」さんは1940年生まれの82歳。フランス南部のノルマンディー地方リールボンヌの出身です。ノルマンディーと言えば・・・

アニ-さん60代のころの肖像

有名なのは第二次大戦のD-dayですね。アニーさんが4歳だった1944年の6月6日、ドイツ占領下のフランス・ノルマンディー海岸にアメリカ/イギリス連合国軍が上陸し、ドイツ軍との激戦が繰り広げられました。

D-day上陸作戦の様子。飛行船が軍事利用されていたことがわかります。

アニ-さんの出身地のリールボンヌは、上陸作戦が行われたノルマンディー海岸のすぐ近く!物心つかない頃から、彼女が戦争という現実と隣合わせだったことがわかります。作品中に現れる「今を精一杯生きよう」とする人生観にも、こうした影響が大いに投影されていると思います。

細い点線矢印の先にあるのが、米英軍が上陸したノルマンディー海岸。

自伝をテーマとする作家

アニ-さんの作品世界は、基本的に作家本人の「自伝」であるところに特徴があります。実はこの点が引っかかって、私はこれまで全く期待していませんでした。なぜなら・・・。自分の経験を書くだけなら、誰にだってできるからです。

もちろん体験を文章にする段階では技術が必要でしょうが、着想や展開は考える必要がなく、思い出を書き写すだけです。実際、作家の中にはダラダラと自己体験ばかりを書き続ける「私小説専門」の人もいます。そんな経験から、個人的に「自伝に大した価値はない」と考えていました。

ちょっと「特別」な自伝

ところがこの方、一般的な私小説作家とは2点、大きく違うところがありました。1つ目は「特別な体験をしている」こと。どんな経歴なのか?についてはWikiを参照頂ければ良いのですが、特に1968年のフランス全土で起きた「五月革命」は、彼女が作家になる大きな契機になったと考えられます。

「五月革命」では学生運動を発端にした全国的なストライキにより、戦後のフランスを統治していた第4共和制のド・ゴール大統領の体制が崩壊。新しい政治体制と自由を求める機運がフランス全土に起きました。

当時のストライキのスローガンは「Egalité! Liberté! Sexualité! ― 平等!自由!性(の自由)!」だったそうですが、この運動に参加してスローガンを叫んでいた20代のアニ-さんは、6年後の1974年に文筆活動を開始します。
そして、その作品世界も、まさに彼女が体験した「平等・自由・セクシャリティ」の世界でした。

アニーさんの体験は「個人の思い出レベル」ではなく「歴史の証人レベル」の特別なものだっため、これを投影した自伝も価値のあるものになったのだろうと推測します。

オート・フィクションの自伝

そして2つめの相違点は、単純な自伝ではなく「オート・フィクション」であること。従来の私小説が「ノン・フィクション」(実話)であるのに対し、「オート・フィクション」は作家が体験した実話と、実体験から得て創作した虚構が組み合わされたスタイルの小説です。オートフィクションによって本作がどのように展開されるのか?ネタバレにならない程度に紹介します。

本作では、「恋愛に溺れる女性(=自分)」のオート・フィクションとして「恋愛に溺れる自分を冷静に見る自分」が設定されていて、「なぜ沼ってしまうのか?」の女性心理が客観的に分析されています。また、女性視点から「沼ってる男性心理」についても深い分析!がされていて、私もドキっとさせられました(汗)。

映画版「シンプルな情熱」の1シーン

おそらくこうした分析と示唆は、沼った体験を持つ女性に強い共感を得ると思われます。また、そんな経験のない女性や男性にも、「なぜ沼るのか?」「沼ることに意味ってあるのか?」を考える良い機会になるのではないかと・・・。本作に関心を持った方は、ぜひ一度読んでみてください。

さて最後に・・・「恋愛に沼ることに意味があるのか?」に触れて紹介を締めくくりたいと思います。これについては様々な意見があると思うのですが、本書のあとがきに女優の斉藤由貴さんがこんな一文を書かれていました。

「あなたは、自分を見失うほどの恋愛に溺れたことがありますか?」

・・・どう思われるでしょうか?そんな激しい恋愛って疲れるでしょうし、略奪したり不倫したり、色々なトラブルがありそうです。実際、過去にそんな経験をした結果「もう御免」という方もいるでしょう。

ただ、沼るほどの恋愛が一度も無い人生だったとしたら?社会的・金銭的に大成功したとしても、人は人生に満足できるのでしょうか? 謀略を巡らして様々な利害を得るより、もっとシンプルな情熱を持ったほうが人は幸福になるんじゃないか? ・・・という解釈に私は辿り着きました。

斎藤由貴さんの問いに対しては、ぜひイエス!と答えたいと思います。 (RYU)