生きる・踊る・刻みこむ
noteをご覧のみなさんnoteって打とうとするとすぐNortonが出て来て少しムカつきますね今晩は。
僕は女でないので分かりかねますが、
男が、独り、何かの目的の為に出掛けるそのとき、必ず、胸の中を破っているものです。例外はありません。
僕は、音楽に心酔していて、そして今日もこれから練習のために出掛けるます。何のためでもなく、気休めのために。生きるということへの。
僕には愛する女性がおりました。その人は僕が問題を起こし、気狂い病院に1年はいっている間に他に好きな人が出来て、別れました。
その女性とは、約11ヶ月、毎晩のように共に過ごしました。
しかし、僕はせんも述べた通り、音楽を心から必要としてやまない人間だったので、練習に出かけなけれりゃ、なりませんでした。
その事で、彼女とすれ違ったり、浮気を疑われたり、
ある日には、仕事の終わった彼女を家のベッドに残してカラオケ屋さんにギターを持って出掛けたりしました。
そして、そのたび毎に、僕は恋人との別れを演じていたのです。
そばにいたい。
でも、行かなければ。
これが、男という馬鹿な生き物の性質の多くだと感じますが、いかがでしょうか。くだらない。
そんなに大切なら、大切にすれば良い。一緒に寝てやれば良い。それを、良い気になって、見栄や、夢や、欲望や、世間体や、健康や、さまざまなその他、のために、
犠牲にしているから馬鹿なのです。
弱いものが、独りで眠る夜は、殊の外、暗いものに違いない。重たくて、真っ黒な世界に違いない。
なのに、なぜ、そばにいてやれない。
こんな想い出もありました。
僕はヨークシャテリアと5年間、一緒に暮らしていました。彼女は、すぐに僕の最愛の妹になってくれて、いまは天国へ還って行ってしまったのですけども、一緒にいる間は天国にいるような気持ちに、なれました。
その妹が、老衰で亡くなる前夜のことでした。
僕は、ロックバンドの練習のために、苦しんで、もう自分で水も飲めない愛する妹を布団に寝かせて、スタジオへ行きました。
4時間。ギターのハウリング(あのキーンって言うやつ)の中で泣き叫んでいました。
翌昼、妹は天国に還るために苦しみもがいて眠るように死にました。
なぜ、そばにいてやらないのでしょうか。
人間は、自分の予定とやらのためなら、他の生命や、愛する女性の本当の孤独や、さまざまな大切な事を、目を瞑って、または瞑ることもできず、通り過ぎて、ただ背中で泣かなければならぬのでしょうか。
そんな別れの場面を、演じて来た僕は、もう音楽を演るためなら、手段を選ぶまい、誰にも、決して謝るまい。悪い、と言うかねぇ、愚かであるのは明らかだ、けれどもそれを妨げる全ての気持ちを後ろにしよう、詫びる気持ちだけを持ち続けよう、と思いました。
義務感?
分かんないですね。
ただ、"走れメロス"であったように、
間に合う、間に合わない、は、
問題ではないのです。
もっと、大きなもののために、男の人というのは、走っているのです。そうして、その心臓は、もしお目にかかれるものなら、悲しみと、愛惜の気持ちとで、張り裂けてしまっているものなのです。
決して僕は偽りはもう言いません。
これは嘘の無い実感です。
絶対に例外は認めません。
僕は、最近になって、小さな、慎ましい生活の中に、これが沢山ある事を、知りました。いままでは、自惚れていて、この気持ちは、何か特別なものだと感じていたのですが、それは思い上がりでした。反省しています。
愛と夢。
こんな情け無いもの関係がこの世にあっていいのか。あるのだから、仕方がない。
この世は地獄です。異論は絶対に聞きません。例えば峯田和伸さんがそんな事はないと言っても僕はこの世こそが地獄なのだと信じています。神様を信じないぼくは、天国と地獄だけを、信じております。
そして、もう一度申し上げます。地獄とは、この世界に生きることです。
そこでは、マトモで暮らすにはマトモでいるだけでは足りないと思います。踊るか、泣くか、
ただ、誰かの踊るのを観ているだけか。
傍観者も、みな狂っています。あなたも、気狂いの1人です。自分を、マトモ、だと、思い込んでいる、病人の、1人です。お薬の時間ですよ。バカらしい。
改めて申します。
男が1人、目的のために出掛けるときには、
その心臓は悲しみのために腐って破れてしまっているのです。
例外ありません。
別れた恋人よ。妹よ。
僕は君たちのために謝る言葉が、無いです。ただそれだけ。行ってきます。adieu。