散文63
四つ打ちが流れている。
暗転するフロアにフラッシュが焚かれている。
若い男女の影が入り乱れている。
ビジョン。ここはどこだろうか、とiPhoneのSafariで検索をすると、
この場所の名前と、
その場所カテゴリーが表示される。
”Jinsei 人生 ナイトクラブ 営業中”とゴシック体の文字がひらかれる。
オイルの付けられた髪を振り乱している。
オレンジ色の髪を振り乱しながら、四つ打ちに合わせて、
その生活の柄を踊り、
そして、動かしていく。ここは人生。ひらかれた人生。
即興の生活。即興の人生。即興の踊り。
肉体の躍動こそが、人生の歓びだと言った、
詩人の詩集を買わせて、十月の日曜日の或る晴れた午後に
草原(くさはら)の、kusamuraの中の、一葉に紛れて、
仲の良かった女ともだちに、その一節を朗読させていた。
木漏れ日に横顔を照らされて、小さな声で朗読を続ける女の、
掠れた声が耳元に聞こえる。
”肉体の躍動こそ、人生の、人生の中のほんとうの歓びである”
十月の風が、女のオレンジ色の髪を手櫛するように掻き分けていく。
朗読を続けながら、サングラスの目元がこちらを見ていることに気づく。
女は暗唱しているのだ。
目があった時、我々は既に友人という関係値を終えていた。
フラッシュが焚かれる。
四つ打ちが流れている。女のくぐもった英詞がデジャブする。
反復される生活の一幕に、永い、人生のビジョンを見た。
詩を暗唱する女のオレンジの髪、
それをやわらかく掻き分ける、十月の風みたいな歓びが
フラッシュの光によって浴びせられることで
私たちはすべてを愛することができた。
ようやく。