『愛について』

白岩玄さんの作品。

「愛について」「月と馴れあう」「Little People」「Visitor」「終わらない夜に夢を見る」「夜明けの海」といった話が収録されている。


「愛について」と「Little People」が特に好きな話だ。

「終わらない夜に夢を見る」では、太宰治の「待つ」という話が出てきた。「待つ」という話があることを知らなかった。

相手がどう思っているのか、自分が相手のことをどう思っているのか、片方の思いだけでは成立しない難しさを感じた。


印象に残っている文

タイミングとメッセージの明快さ、そして物を言うときの顔つきさえ間違わなければ大方の提案は聞き入れられる。特に相手が女性の場合、その瞳に誠実さが感じられるかどうかが重要なのだ。

「顔に栄養が行き過ぎたのかな? かわいい子で中身がともなってる子って少なくない?」「かわいい子は期待値が上がるから損してんだよ。ふくらんだ理想を押しつけられるのは向こうも結構つらいと思うぞ?」

昔はたしかに好きだったものがだんだん好きじゃなくなって、まるで寿命が尽きたみたいに次々と明かりが消えてった。別にそこに悲しみはない。その光が消えた瞬間を見たことがないからだ。俺はいつも、光が消えてしまったことにあとになって気づくだけ。そしてすべてが流れていく。

このときどき襲ってくる、一瞬記憶喪失になるような感覚はなんだろう。おそろしくいい女と一緒にいると、自分がどうしてここにいるのかもわからなくなる。

「何してるって、もちろん毎日働いてるよ。朝から晩まで働いて、ちゃんと税金をおさめてます」「何それ。すんごい普通じゃん。面白くないね」「人の生活に面白さ求めんなよ。俺はしがないサラリーマンなの」

「昔はやんちゃだったのにね。人はこうして衰えていく」「変なナレーションつけんなよ。別に今も昔もやんちゃじゃねぇだろ」「そんなことないよ。昔はもっと社会に対して怒ってたもん」「今でもちゃんと怒ってるよ。新聞読んで憤慨してるし」「その程度じゃん。それじゃ定年後のおじさんと変わらないよ」

自分の好きな人が自分のことを恋愛対象として見ていないというのはよくあることだ。とはいえその悲しみを「普通にありうることだから」となぐさめられても気が楽になるわけじゃない。

「そう。好きが先にあるわけじゃない。それは単なるベクトルで、本当は寂しいとか満たされないとか、そういうわがままな感情が先にあるのよ。誰かのことを好きなときはそれが見えにくくなるけどね、ほとんどの好きは自分の感情を正当化するための免罪符に過ぎないの。好きはあとづけ、寂しいが先。だからあんたの好きな人が変わるのは別におかしなことじゃないわ。普通のことよ。当たり前のこと」

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