『とにかくうちに帰ります』

津村記久子さんの作品。

職場の作法、バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ、とにかくうちに帰ります、の3つの話が収録されている。


「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」という話が一番面白かった。

ペリカーノジュニアという万年筆を今度買ってみたいと感じた。

浄之内さんの返答が微妙にずれているところが面白かった。

「とにかくうちに帰ります」ではミツグの性格がとても大人で立派だと感じた。


印象に残っている文

垣内常務に限らず、社内にそういう人間は多い。得意先との仕事の困難さは知っていても、社内に流す仕事に関しては無知なお姫様のように振舞うような。

そんな自分の事情を話したところで物事が動くと考えるのは間違っている。もしあなたの望む首尾通りに物事が運んだとしても、それはあなたが望んだからではなく、周囲が仕方なくそれに合わせたからだ。勘違いしてはいけない。自力で処理しない限りは、あなたに望む力など存在しない。

人間には、他人が寂しいことに気付かなければいけない義務はない。それがたとえ、上司と部下であってもだ。

早いですね、などと言われると、お世辞とわかっていても気分はいい。ゲームに勝つような感じだ。

一連の様子を眺めながら、浄之内さんに、今日はマスク作れそうですか? と訊くと、どうかなー、リバプールの試合の再放送があるんだけど、見ながら生地切るところまでやるよ、と不安になるようなことを言っていた。

男子の選手ならハゲそうかどうかをじっと見ているし、ペアやアイスダンスなら、演技を楽しみながらも、頭の裏で付き合っているのかどうかを何か厳正に判定している。

ハラは、傘にぶつかる大粒の雨の音を聴きながら、彼らの話していたことについて少し考える。ポップコーンがレンジの中ではねているような音だ。というか、ポップコーンをレンジで作るよりも、雨に遭う回数の方が日常でははるかに多いわけだが、ハラはなぜかそう思った。

「小五。名前はヤマダミツグ。あんたは?」「僕はサカキ。三十五歳」「下の名前も」「ケイスケだよ。サカキケイスケ」「何かカクカクした名前だな。サカキケイスケサカキケイスケサカキケ」

改めて、体面ではなく気候に合わせて仕事着を決めることができる世の中にならないものかと思う。しかし、スーツを着なくてよくなったらなったで、誰かを安心させるために、どこかに金のやりとりを発生させるために、また新たなわずらわしいドレスコードが生まれるのだろう。うんざりする。

「CMでよく流れてるけど、歌詞の意味がわからん。泣きたくて笑いたくて? どっち?」自分もミツグの感想に思い当たるところがあって、サカキは声を上げて笑う。「そのあとの詞で説明されてないか?」

雨は人の体臭をあばく。


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