『7.5グラムの奇跡』

砥上裕将さんの作品。砥上さんの作品は初めて読む。

瞳の奥を覗き見てしまう癖のある野宮は、北見眼科医院で視能訓練士として働いている。様々な患者たちの診察により、野宮は成長していく。


心因性視覚障害という言葉を初めて聞いた。マイナス5のレンズにプラス5のレンズを入れて打ち消すという広瀬先輩の魔法がすごいと思った。

ブルーバードのハンバーグを食べてみたいと思った。

「面影の輝度」では、葉子さんの症状について当てることができた。

野宮くんの患者にかける優しい言葉がとても印象に残っている。


印象に残っている文

誰かと向かい合っているとき、瞳の奥を覗き見てしまう癖がある。

「分かる分かる。私も細かい作業が好きだからという理由で、なんとなく眼科を選んじゃったんだよね。人生の大事なことって、案外勢いで決めちゃうことあるよね」

「僕はなにもかも器用にこなすことはできない。だからきっと、なんでもはできないと思います。だからもし、さまざまな可能性を残したまま普通の大学に行って、潰しのきく人生を選んでしまうと、一生なんにもなれなくなる気がしたんです。そんなとき、視能訓練士になるための大学があって、一つのことをやり続けていく道があると知って、瞳を見つめていることが好きな、自分の感覚に響いたんです。自信はなかったけれど、これなんじゃないかって思ったんです。だから周りの反対を押しきって、進路を決めました」

視野というのは、盲目の海にポツンと一つ浮かぶ孤島に例えられる。なにも見えないのが海の部分で、見えているのが島の部分ということだ。検査のときに視野の島の上を通過する光を、僕は島の上空を飛ぶプロペラ機のようなものだと思っている。

「お前を絶対に許さない」と、視線に怒鳴りつけられているかのようだった。

ある朝起きて、なんとなく目が見えにくくて、それからすぐに見えなくなる。残念ながら、それは珍しいことではない。ごく普通に生活している人にも、起こり得ることだ。

目というのは、小さな器官だけれど、あまりにも複雑でその広範な機能を人はまだ解明できていない。ましてやそこで起こる故障のメカニズムは完全に解き明かされているわけではない。目やその周辺だけでなく、脳や、身体のさまざまな器官や、心までが関係する視機能の全体を、把握するのは至難の業だ。すべてが上手く稼働したときに「見える」という現象がようやく一人の人の中で起こる。

目とは今この瞬間を捉え、未来を探すための器官だ。

「野宮さんは、誰かの目をまっすぐ見てお話しされるのですね。珍しい雰囲気の方だなあと思いました。まっすぐに言葉を受け取ってもらえるような、そんな気がするのです。まっすぐに相手を見て話をする。当たり前のことのような感じがしますが、案外そうでもないのだと思うことがあります。私のように、中心視野しか残っていないような人間には、野宮さんのような方に出会えると、とても嬉しくなりますよ」

中から、肉汁がハンバーグの壁をつたってお皿に落ちてくる。その光景を見たとき、目がすでに食事を始めていた。

「勉強しなければいけないことはいっぱいあるし、己惚れては駄目だけれど、まったく自信を持っていないというのもプロとしては良くないことだよ」中略「それってすごく難しいことのような気がします」「もちろんそうだよ。でも、その自信と疑いとの間でバランスを取って、一つ一つの仕事に向かっていくことが大切。どっちかだけじゃ駄目。どっちもあるとミスが減る」

『どうして』という問いに答えはない。病の理不尽さは、たいていの場合、その『どうして』の答えを、はっきりとは求められないところにある。

「人の瞳ってね、一番暗い色をしているとき、光を多く集めるんだよ」



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