『世界一ありふれた答え』
谷川直子さんの作品。谷川さんの作品は初めて読む。
離婚によりうつ病を発症したまゆこと、ジストニアによりうつ病を発症したトキオ。二人の再生を描く物語。
ジストニアという症状について初めて知った。練習のしすぎでなってしまうというのが、ピアニストにとってひどい仕打ちだと感じた。
ドビュッシーの女性遍歴を聞いて驚いた。
まゆこが頼子先生とのやり取りで、自分の愛していたものについて気づく場面がとても印象に残っている。
ほとんど端から端まで鍵盤を使うラヴェルの「スカルボ」という曲が気になった。
印象に残っている文
男の言葉はやさしいが、私は自分がもう四十なのだということを思い出し、やり直すには遅すぎるとまた気づかされてとたんに暗い気持ちになった。どこへ逃げても心は泥沼から抜け出せない。
「ウツって脳内伝達物質のモノアミンっていうのが不足して起こるんだって。なんで不足するかはわからない。それに海馬ってとこでニューロンの数が減って脳細胞の一部が死滅していくらしい」
音楽家のジストニアはフォーカルジストニアと呼ばれ、その病気にかかると思い通りに指を動かせなくなる。痛みやしびれはないが、同じ曲の同じ箇所で指がうまく動かなくなる。中略 この病気にかかるのは男性で一日四時間以上練習をするプロの演奏家に多く、完璧主義者である可能性が高い。うまく弾けない箇所を何度も繰り返し練習することで症状はさらに悪化する。悪化すると隣の指も動かせなくなり演奏は不可能。音楽家としての生命を絶たれる。楽器から離れると元通りに指が動くことが多い。治療法はまだ確立されていない。
「よく耳をすますんだ。流れているメロディーは一つじゃない。耳をすますとそれが聞こえてくる。意識すると耳は急に働き出すんだ。いつも耳をすまして音を聞き分ける練習をしてごらんよ。かすかな音に耳を傾けてみる。世界は音であふれてる」
遅れないために、トキオが二歩進む間に私は三歩進む。ポリリズムだねとトキオが言う。
カウンセリングの中で、私を笑っている人なんてたいした数ではないという現実を確認させられたけれど、他人の失敗を笑う赤の他人という存在はたやすくリアルに想像できてしまう。なぜだろう。
「音楽って、伝えるものなんだね。音楽はみんなの頭の中に住んでいて、誰かが演奏するとそれが姿を現して、聞いている人の時空を一気につなげることができる。トキオのしてることってそういう奇跡みたいなことなんだね」
「死ぬより死なない方が勇気いるんだよ」