『介護退職』

楡周平さんの作品。

三國電産北米事業部長の唐木栄太郎は、妻と息子の三人暮らし。ある日、秋田に住む栄太郎の母が足を骨折してしまい、栄太郎は母を東京に呼ぶことにする。


栄太郎のように離れて住む母親に毎日電話をしている人は、なかなかいないのではないかと感じた。

生活環境の異なる人が一緒に住むと大変だということがよく分かった。

栄太郎の母が信吾に野菜を送っていると知って、なんて素晴らしいお母さんだと感じた。

桑田が栄太郎にしてくれたことに対して、とても良い上司だと感じた。


印象に残っている文

「前略 なのに、秋田のお葬式は一週間、毎日続くんですもの。それも、家に近所の人が集まって、精進料理を作って毎晩お酒。亡くなって二週間目には、二七日だっけ、近所の人がまた家にやって来ては花を受け取って、墓前にお参りした後、『行ってきました』って報告に来るのよ。後略」

子を思う親の気持ちというものは、いくら歳を経ても変わらぬものだ。いや死ぬまで変わりはせぬものだろう。それが親の愛というものであり、私は今の今までそれに甘えてきたのだ。

「どんなに立派なお嫁さんでも、育った時代の違いは埋められないよ。同じ家の中に暮らしていれば、見たくないものも目につくし、言いたくなくても言わなきゃならないことも出てくるさ。お互い気まずい思いをするだけだもの。いい関係でいたかったら、別れて住むことだよ」

疲労は時間ではなく移動距離に比例する。

手遅れになった肺癌の進行には、決まったパターンがある。原発巣からやがて脳へと転移するのだ。そのステージに達すると、治療方法は放射線照射しかなくなる。ピンポイントで転移巣を狙い撃ちするガンマナイフやXナイフはまだしも、全脳照射を行うと、正常な脳細胞も破壊される。

その点認知症は違う。ゴールの見えないマラソンだ。耐久レースだ。終焉の時がやってくるまで、決して手を緩めることはできない。リタイアすることは許されないのだ。


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