『ヘヴン』

川上未映子さんの作品。

同じ学校でいじめられている「僕」とコジマの話である。

いじめの描写がとても辛かった。本当に中学生がやることなのかと思ってしまった。「自分がやられたら嫌なことを人にしてはいけない」という誰もが知っていることに対して、本当にそうであるか「僕」が語るシーンがすごかった。

コジマがボロボロの靴を履き続けている理由がとても印象的だった。斜視を治すことを決断した「僕」と、その後のコジマとのやりとりはかなり考えさせられる。

印象に残っている文

「でもなんだか、はさみで物を、ーーなんでもいいってわけじゃないんだけど、まあちょっきちょっきと切ってるとね、うまく言えないんだけど、そのときにやっとふつうのことができてるような気持ちになるの」

「……ねえ、掃除機のコードってさ、これでお終いって意味なんだろうけど、赤いテープがついてるのよね。でもその前に黄色のテープがついてるのよ。黄色の意味ってなんだと思う? 赤いのひとつでじゅうぶんだと思うんだけど」

でもあれですね、手紙というのは不思議で、お願いすればそうすることもできるだろうけれど、お願いしないかぎりは自分の書いた手紙を読みかえすことってないんですね。

「うれぱみんは、うれしいときにでるドーパミンのことだよ」

「言葉でああだこうだ話して、それでなんだかんだ問題をいっぱいつくって色々やってるのがこの世界で人間だけだなんて、考えてみればちょっと馬鹿みたいだね」

「だからさ、芸術でも戦争でもなんでもおなじなんだよ。あれがおいしいとかどれが美しいとか、これこそが真理だとかこれは偽物だとか、どこ見たってそんなことばっかり言いあってるだろ。飽きもせずそんなことばっかりやってるだろ。ただ黙ってるってことができないんだよ。生きてるってことはそういうことだよ。腹を立てたり喜んだりしながらもけっきょく、そういうのを楽しんでるんだよ」

映るものはなにもかもが美しかった。しかしそれはただの美しさだった。誰に伝えることも、誰に知ってもらうこともできない、それはただの美しさだった。

一秒がつぎの一秒へたどりつくそのあいだの距離が、なにか大きなものの手によってそっと引きのばされているのを僕は感じていた。

いいなと思ったら応援しよう!