『シュガー&スパイス』

野中柊さんの作品。

パティシエ見習いの主人公晴香は、パティシエの柳原の下で働いている。晴香は大学生の彼氏と付き合っているが……。


パティスリー・ルージュに毎週来る常連の恋人達の関係が、とても良いと感じた。

ストレーのスペシャリテであるピュイ・ダムールというお菓子が、とても美味しそうだと感じた。

紅子と晴香の会話では、読んでいるこちら側が緊張した。


印象に残っている文

本物は、お金で買えるとは限らない。だからこそ、贅沢なのだとも思う。そして、本物を知りうる人間は、一握りではあれ、この世の中にたしかにいる、贅沢を贅沢だとも思わず、当たり前のように享受できる、生まれながらに選ばれた人間が。

「掃除は五感を研ぎ澄ますための、いい訓練になるんだよ」

ああ。パティシエという職業は、実は力仕事なんだなあ、肉体労働なんだなあ、と思い知らされる毎日だ。どんなに素晴らしいお菓子のアイディアを持っていようと、体力がなければ、はじまらない。重いものを運ぶほかにも、一日中、ほとんど立ちっぱなしで、しゃかりきになって卵を泡立てたり、バターやチーズを練ったり、生地を捏ねたり。おかげで、私の腕や肩には、これまでになかった筋肉がついた。

「ねえ。雅也。永遠に続く恋って、この世には存在しないのかしら?」まるで、その問いを待ち構えていたみたいに、「あのさ、長く保存できないものほど、純度が高いって場合もあるよ。生菓子の賞味期限だって、めちゃくちゃ短いだろ?」

「ああああああ。やんなっちゃう。もうすぐクリスマス。年末って人間の発情期なのかしら? 肌寒いせいなの? どいつもこいつも、いちゃいちゃ恋をしているんだからっ」

そうなのだ、やはり、恋とお菓子はどこか似ている。どうしても必要なものじゃない、それがなくても生きられる。だからこそ、味わうと、豊かで幸せな気持ちになれる。祝福されている気分になれる。もしくはーー鎮痛剤のような。生きることの、どうしようもない悲しみや痛みを緩和してくれる。

「前略 彼って、なんていうのかしら、ナルシシズムの鎧で身を固めて、がっちり自分を守ったうえで、あえて照れずに愛の剣を手にして闘う男って感じよ」

居場所を持たないひとが、この世の中には、どれほど多くいることだろう。ここに身を置くようになるまでは、たぶん、私もそのひとりだったのだ。居場所を見つけてはじめて、かつて居場所がなかった自分に気づく。

ウェディングケーキが三段重ねなのは、下から数えて一段目は結婚式の来客にふるまうため、二段目は出席できなかった親戚や友人たちに届けるため、それから、三段目はいずれ新郎新婦に赤ん坊が生まれたときの、お祝いのためのものらしい。

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