『カインは言わなかった』

芦沢央さんの作品。

誉田規一率いるHHカンパニーはカインとアベルのエピソードを基にした「カイン」の公演に向けて準備をしていた。しかし、カイン役の誠が行方不明となり……。


バレエの世界は役を勝ち取るのがとてもシビアだと感じた。

誉田にダメ出しをされてどんどんパニックになっていく尾上の心理描写が印象に残っている。

物語の最後の、バレエ評論家の檜山の講評がとても良かった。


印象に残っている文

知ってる? 第二次大戦では戦場での兵士の発砲率って二十パーセント以下だったんだよ。人間は同族である人間を殺すことに本能的な忌避感があって、たとえばみんなで一斉に撃つような、自分が撃ってないことがバレないような状況ではほとんどの人が撃たないか、わざと外すんだ。

実のところ、業界内の評価はその踊り手がどれだけの実力を持っているかには比例しない。あの誉田規一が注目し、主役を与え、徹底的に鍛え上げ、太鼓判を押した。そのことにこそ意味があり、それだけでワンランク上の存在として一目置かれることになるのだ。その後はたとえ同じことをしても、評価が変わってくる。

大抵、一件目は安いけれど少し古い微妙なところを、二件目は一件目に比べて格段に綺麗ではあるものの少し予算オーバーなところを、三件目は築年数も広さも設備も可もなく不可もなく、その代わり一点面白いポイントがあるところを、四件目は物件概要を見て客が最初に興味を持った物件を回る。

社交的で声が大きくて、けれど誰かとコミュニケーションを取ることよりも沈黙にならないことの方が大事だといわんばかりに、どんなときでもしゃべり続けている叔母。とにかく球が地面に落ちないように、自分が投げた球でも誰かがレシーブしなければ自分で拾いに行くから、迂闊な発言が多くなってさらに周囲の口数が少なくなるーーとそこまで考えて、あゆ子は慌てて思考を振り払った。


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