ミラージュ

 その庭には小屋がある。小屋は庭の隅に建っている。ひっそりと。
 木の陰に隠れるように。日差しがかすかに差し込むその小屋に人の気配はなかった。
 本宅からかろうじて存在が認識できるその小屋は、人が住める最低限の設備、9畳程度の一間で構成されている。人が住める空間なのだが、家や部屋と言うにはいささか貧相すぎる様相。初めてみれば家畜でも飼っているのだろうか?と思うほど貧相なものであった。

 それは現在本宅に住む夫婦が親に住んでもらうために建てたものだった。住んでもらうと言えば聞こえは良いかもしれないが、実際は子供も成長してスペース的に本宅が狭くなったので追いやったという方が正しいだろう。
 住んでもらうと言うには粗末すぎる。住んでもらうという割に本宅からは殆ど見えない位置。それでも孫と同じ敷地に住めるのならばと親はそちらで晩年を過ごすことにした。

 そんな両親が現世から旅立ち、小屋は今用途を失ってただ虚しく庭にあった。不気味にたたずむその小屋をどうしようかと夫婦は考えていた。

「お義母さんもいなくなっちゃったし、あれもう取り壊しちゃおうかしらね?」
 妻が夫に問いかけた。横で小学校に上がったばかりの長男と、幼稚園の娘が仲良く遊んでいる。
「うん、そうだね。放って置いても劣化して危ないし……」
「じゃぁ、年内には工事終わらせたいわよねぇ」
 夫婦の意見が一致して役目を終えた小屋をいつ壊そうかと相談していると、長男が遊ぶ手を止めて両親の元へとやってきた。それにつづく妹。
「え?壊しちゃうの?」
「うん?そうだよ。もうお爺ちゃんもお婆ちゃんもいないからね」
「その必要はないでしょ!」
「どうして?」
 妻は子供に問いた。
「だって、次はパパとママが入るんでしょ?」
「ねー!」
 長男と妹が顔を合わせて声を揃えた。小屋を建ててから移り住ませるまでのすべてを見ていた子供の言葉に、返す言葉を思いつかない夫婦。
 その時確かに聞こえた。どこからともなく開く扉の音。
 そして感じた、手招きをしているであろう庭の片隅のそれの存在を。

☆☆☆☆☆☆☆☆♥☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★☆
 ・このお話は実話を元にしたフィクションです

 最後までお付き合い頂きありがとうございます
 あなたの人生にもう一色!色エンピツです♪

                     アキ
☆☆☆☆☆☆☆☆♥☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★☆

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?