【ADDress会員インタビュー】海外ノマド生活から房総リタイアメント生活へ「vol.07:鈴木 雅子さん」
ADDressには多種多様な人生経験、バックボーンを持つ会員さんがいます。普段はADDress二子玉川の家守をしていますが、この週末は千葉県夷隅(いすみ)郡御宿町の外房エリアにある 「ADDress御宿の家」に滞在し、2020年8月から ADDress会員として旅する生活を続ける鈴木雅子さんと出会いました。鈴木雅子さんは、これまで出会ったADDress会員やコミュニティメンバーを、親しみを込めて「下の名前で覚える」とのことなので、このnoteでは鈴木雅子(まさこ)さんのことも「まこさん」と呼ばせてもらいます。
房総を深掘りするため、車を借りて自由な生活へ
( ADDress御宿の家でインタビューに答えるまこさん)
ADDressをスタートした当時は横浜のシェアハウスを主な住まいとして、月の半分は横浜で、もう半分をADDressで生活していたそうです。神奈川、千葉、関西、東北や北海道などでの多拠点生活を続ける中で、温暖な気候で健康志向の高い移住者が多い房総エリアに関心が高まり、現在はADDress御宿の家に主な住まいを構えました。
(南房総の道の駅「とみうら 枇杷倶楽部」の菜の花畑にて)
「今はお試し的な住まいだけど、御宿での生活の中で房総をもっともっと掘ってみようと思っています」
まこさんは御宿での生活を機に、株式会社IDOM(旧:ガリバーインターナショナル)が運営する月額制の車のリースサービス「NOREL」の利用を始めました。車があれば夷隅(いすみ)郡(南房総エリア)を移動しやすく、「少々不便に感じる場所でも困らない」と話します。
せっかく車を借りたので、車を置いて長い間御宿の家を出ることはなくなると思い、ADDressの新プラン(「専用ベッド契約会員向けライトプラン」)に切り替えられました。とは言っても、やはり旅好きなまこさんは、機会があれば南房総の家に出掛けたり、房総エリアをドライブされたり自由な生活を送っています。3月は富士吉田の家(山梨県)と沖縄の家に滞在する計画も立てているそうです。
リタイアメント先を求めて海外転々ノマドライフ
まこさんは20年ほど、米国カリフォルニアのサンフランシスコに暮らしていました。
(サンフランシスコの「ゴールデン・ゲート・ブリッジ」をバックに)
移住のきっかけは米国人の旦那さんとの結婚。長い間生活を共にしましたが、二人の間にさまざまな事情が重なったことで今後の人生について話し合った結果、お互いが好きな人生を歩むという決断をされました。
2015年1月、二人で過ごしたサンフランシスコの家を出たまこさんは、リタイアメント先を求めて旅に出ました。まず向かったのはハワイ。「日本からハワイに行くのと、カリフォルニアからハワイに行くのとでは印象がだいぶ違う」とまこさん。物価が高くて住み続けるには不便を感じたこと、日本人独特の村社会なコミュニティに肌が合わず、結局3か月でカリフォルニアへ戻ってしまいます。
(ハワイにて。「ターニングポイント」になった瞬間)
しかし、「サンフランシスコは好きだけど、リタイアメントで生きるのは難しい土地です。ミリオネアか貧困層の二極化が進んでいて、中間層がほとんどいません」。
まこさんの好む立地条件は「暖かいところ」。その後も移住先を求めて、ノマド生活を続けられました。グアテマラやコスタリカ、コロンビアなどの中米を旅したり、東ヨーロッパの国々を巡ったり、東南アジアのバリ(インドネシア)やチェンマイ(タイ)でも暮らしました。
アクティブなまこさんは、その地その地でヨガやダンス、語学学習を楽しみながら、ノマド生活を続けました。
(グアテマラ、サン・マルコスにある「ザ・ヨガフォレスト」にて)
これまでは旦那さんと一緒の生活でしたが、長期の一人旅を通して「本当の自分と巡り合うことができた」と当時を振り返ります。初めて男女混合ドミトリーに滞在するなど、これまでは「絶対無理!」と思っていたことが一つずつできるようになっていくことが、次第に快感を覚えるようになっていったそうです。
日本で再び生活するとは・・・人との出会いで一転
ADDressを始める直前まで海外ノマド生活を続けていたまこさんですが、正月と盆には帰国し、実家のある栃木県宇都宮市に戻りました。
米国へ移住する前から、日本と海外を行ったり来たりする生活でしたが、「子どもの頃のいじめがトラウマで、日本ではなかなか社会に馴染めませんでした。30代の時はうつ病に苦しみ、仕事もなかなか長続きできませんでした。語学留学で米国サンフランシスコへ行って初めて社会生活に適合したのです。カリフォルニアの開放的な土地柄が自分にとても合っていました」。
(サンフランシスコ生活で「イサドラ・ダンカンダンス」を始める)
ノマド生活を続けていましたが、母親が倒れたことで介護サポートのために帰国を決意。埼玉や神奈川のシェアハウスに移り暮らし、実家との二拠点生活を始めました。
1年半住んだ神奈川のシェアハウス時代には、横浜のまち歩きイベントに積極的に参加。横浜の文化や歴史に触れる中で、黄金町やドヤ街・寿町の再生活動をする方々と知り合いました。ホームレスのための炊き出しや生活保護申請のためのサポート業務など、ボランティア活動にも従事されました。活動メンバーは年々高齢化しており、「今後どうなるかが心配」と話すまこさん。
そんな矢先に新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令され、実家にも戻れず、ボランティアにも参加できなくなりました。その時、以前友達から聞いていた「ADDress」を思い出したそうです。「住み替え」を意識し、新しいライフスタイルを始めてみようと決心。ただ、不安だったのは「世代間ギャップでした」とまこさん。「海外にいると、普段の生活の中で年齢を意識することはありませんでした。日本でシェアハウスに暮らしていると、急に世代間のギャップを感じることがありました」。
ADDressの入会面談で、その不安をスタッフに吐露したそうですが、面談対応した女性スタッフに「そんなことないですよ、いろんな世代の人がいます」と背中を押される形で入会されたと言います。
(ADDress御宿邸から徒歩2〜3分のビーチにて)
「もちろん、自分には合わないな・・・と思うADDressの家もありましたが、初めて会った瞬間に『すこーん!』と打ち解けられる人にけっこう出会えます。訪れた先の家守さんは皆ユニークで、話していると私自身の夢が広がります。人と会い続けることって、こんなにも素晴らしいんだ!って思いました」
まさか日本でまた生活する日が来るとは、想像だにしなかったというまこさん。日本各地で味わう料理は美味しく、海外でないと見られないと思っていた美しい感動的な風景にも出会い、「毎日楽しく生きている」と笑顔で話してくれました。
(2020年の冬、ADDress角館の家に滞在時は銀世界に)
今後の夢を聞いてみると、「もしも旅や移動生活に疲れたら、自分が家のオーナーになって受入側になるのはあるかもしれない」とのこと。
新しいことに挑戦してみよう!というエネルギーあふれる人が大好きというまこさんですが、まこさん自身もそんな魅力のある会員さんです。いつかまこさんがオーナーになることがあったら、まこさんに会いに旅したい人たちも出てくるのではないかと思っています。
(聞き手・文/ADDress取締役・桜井里子)