言葉の海
Duolingo でスペイン語を学習し始めて250日がたった。
偶然でしかないが、新しい年のはじまりの日とひとつの節目が重なってなんだか嬉しい。
実は大学1年生の時に外国語の選択必修でスペイン語をとっていたが
そのときは、正直苦痛で単位を落とさないよう最低限のことしかしていなかった。
自ら選択したはずなのに「はやくおわらないかな」と時計ばかり気にしていた。
スペイン語の勉強を再開したきっかけは、留学先のクラスメートの存在だった。デンマークに留学していたけれど、私が行った学科はインターナショナルクラスだったので、ヨーロッパをはじめあらゆる国からきた人たちがいた。
ドイツ、オランダ、スロベニア、日本、ベルギー、台湾、タイ、チェコ、そしてスペイン。
休憩中にスペイン人のクラスメートたちの会話が聞こえてくるときがあった。
言わずもがなスペイン語はめちゃくちゃ速いスピードで会話が展開されていく。けれど、たまに知っている単語が聞こえてくるときがある。
「あ、この単語の意味知ってる。」
そういう瞬間にであえたとき、私はすくなからずスペイン語が定着していたことにうれしさを感じた。それに加えもうすこしちゃんと取り組んでおけばよかったという後悔の気持ちがあった。
だけどそれ以上に私が印象に残ったのは、彼女たちの口から発せられる生きているスペイン語だった。当たり前だけれど、私が単位をもらうためだけにやっていたスペイン語と全然違う。
彼女たちからしたら、自分たちの国の言葉で話している何気ない日常の一コマだけれど、私にはすごくキラキラしてみえた。
こんなにも滑らかで、感情豊かでいきいきしているのか。
スペイン語を話せるようになりたい。
私がそう思った瞬間だった。
そんなかんじで再スタートを切ったスペイン語学習。
めんどくさい、あとでやろうと三日坊主が日常茶飯事なので継続できるのかと思ったけれど、杞憂だった。
学習時間は今の方が圧倒的に長いのに、「やらなければ」と感じたことがない。
朝おきて朝ご飯をつくる前の一服に、移動時間に、お風呂の前に。
時間帯やどれくらいやったのかに差はあれど、毎日どこかでスペイン語に触れていた。
250日継続を目標にしていたわけじゃなくて、学習を続けているうちに気がつけば250日たっていた。
この事実が誇らしい。
不思議だ。
同じ言語を学ぶにしても心の持ち方でこんなにも違ってみえる。
新しい言葉を学ぶとそれだけ世界が広がる。
それまでただの文字の羅列にしか見えなかったものが、輪郭を成し表情を持ち、ひとつひとつもしくは集団として主張しはじめる。
あるいは右から左に通り過ぎていた言葉が一度心にそっと着地してくる。
言葉は新しい世界への扉だ。
もちろん、これは外国語だけでなく日本語にもいえることだ。
ひとつ知るとまたひとつ知らないことが増える。
知ることと知らないことの境界線が曖昧で
まるで言葉の海をたゆたっているようだ。
どこまでも広がっているし、底が見えないほど深い。
ゆらゆら、ゆらゆらと。
これからも言葉を通して色々な世界を知っていきたい。