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スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方がよい記事や本10選(後編)

「ファイナンスの知識がないのですが、スタートアップの資金調達を考える際には、まず何から学べば良いですか。」といった方を主に対象として、スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方がよい記事や本10選をまとめた後編です。

前編をまだ読まれていない方は、前編から読まれることをお勧めします。というのも個人的に読みやすいと思う順番から紹介しているからです(注)。

以下、後編です。

※タイトルの箇所がリンク先になってますので、引用元のサイトに飛びたい時にはタイトルを押下いただければと思います。

6.未上場企業資本政策メモ

五常・アンド・カンパニーの共同創業者で、会計士のnagabotさんがメモに書かれた未上場資本政策メモです。

こちらのnoteでは、重要なことがさらっと書かれています。例えば、発行可能株式について、以下の様な、極めて実務で役に立つ様なものです。

多くて困ることはないのだから、会社設立時に何も考えず1億株にしておくべき。定款及び登記変更事項であって、その後の手間とコストになる。

実際、多くの企業が発行可能株式を1,000等と少ない数にしており、私が資本政策を助言する際には多くの場合、発行可能株式数を増やすように伝えております。

他にも実際の謄本を引用しながら種類株の残余財産分配権や種類株主総会決定事項の条項の解説が行われています。謄本を読み慣れていない人は、小難しいことが書かれていて読み飛ばす可能性が高いですが、ヤマオカタスクさんやnagabotさんのnoteを読みながらどのような種類株が設計されているかを確認することは有益だと思われます。

なお、謄本については登記情報提供サービスのサイトから1社につき、300円-400円程で取得が可能です。ストックオプションや種類株を発行している会社については条件が謄本に書かれているので、気になる会社があれば是非チェックをして見てください。

その他補足ですが、本noteで書かれているmilとはmillionのことで、100万円の意味です。例えば、「Pre-val 450mil、60mil調達」と書かれている箇所は、Pre Valuation4億5,000万円で、6,000万円調達の意味です。

100万円単位で数字を読むことは、金融、財務、会計、経理業務に携わっている人ならば普通に出来ますが、慣れていない方は時間がかかってしまう傾向にあります。資本政策を考える際には桁が必然的に大きくなるので、100万円単位での数字の読み方にも慣れておくと良いでしょう。

7.起業のファイナンス増補改訂版

スタートアップでファイナンスを考える際に読むべき本として定番なのが、「起業のファイナンス増補改訂版」です。こちらを読めば事業計画の作り方から始まり、企業価値、ストックオプション、資本政策の作り方、投資契約、優先株式等、起業に必要となるファイナンスについての知識が一通り学ぶことができます。

とはいえ全部で400ページ弱もあり、ファイナンスの本をこれまで全く読んだことがない人は、通読したとしても読み終えた頃には最初の方に書かれていたことがあまり頭に残っていないというケースもチラホラ聞きます。そこで、以下では、起業においてファイナンスを考える際に押さえておいた方が良い章をご紹介します。なお、本書は章毎にそれなりに独立しているので、気になる章から読みはじめても大丈夫な作りになっています。

まずは、第5章のストックオプションです。創業初期に事業に加わってくれるメンバーがいる際に将来金銭的に報いる方法として重要なものがストックオプションです。このストックオプションには、ベスティングや税制適格といった専門的な概念が出てきます。詳しくは本書に譲りますが、ストックオプションを発行する際に税制適格か税制非適格になるかは経済的にメリットにおいて雲泥の差がありますので、本書を読んでしっかりとおさえましょう。

次に第4章の企業価値です。資金調達をするにあたって一番議論になるのは、調達金額そのものよりもValuationがいくらになるかです。同じ1,000万円を調達するとしても、Post Valuationが1億円の場合は、10%の株式の放出となりますが、2億円の場合は、株式の放出は半分の5%ですみます。

また、本書ではValuationの計算方法についてエッセンスの解説もしてあります。類似企業比準法(マルチプル)やDCF法を理解することでValuationの考え方もより解像度が高く捉えることができます。

最後に第8章の優先株についてです。日本の会社法では厳密には優先株の定義はなく、種類株をどのように設計するかでいわゆる優先株をオーダーメイドで作り込んでいくことになります。こちらも詳細な解説は本書に譲りますが、優先株が具体的にどういったものなのかを理解した上で、資本政策を考えることが重要となります。

8.起業のエクイティファイナンス

同じ磯崎さんが書かれた「起業のエクイティファイナンス」という本もあります。こちらでは、契約書や投資スキームについて詳しく解説されています。例えば、シードラウンドの投資契約、優先株式、乙種普通株式(劣後株)、LLPーLPSストラクチャー等があげられます。

契約書の雛形の紹介もあるので、実際にどのような契約を結ぶのか、そしてどういった契約上の論点があるのかを知ることができます。ただ、内容的にはそれなりに専門的なことが書かれていて、この本だけを読んで投資家といきなり交渉をするというよりは、実務的には顧問弁護士に相談をしながら、投資家と契約条件を詰めていくという流れになります。

そのためスタートアップのファイナンスの理解を深めるためには、まず「起業のファイナンス」を読み込んで、実際に契約の締結に行く流れになったら、「起業のエクイティファイナンス」を読むもしくは読み直すことをお勧めします。

別の視点でいうと投資契約の締結がまだ先の状況でファイナンスのバックグラウンドがない方が「起業のエクイティファイナンス」を読み込んだとしても正直あまりピンとこない高い可能性が高いです。

しかしながら、実際に実務で必要なるもしくは実務で対応しているタイミングに「起業のエクイティファイナンス」を読むと、理解が俄然違ってきます。実際、資本政策をなんとなく考えている状態で乙種優先株の該当箇所を読んでも、おそらく読み流して終わり程度になりますが、実際に資本政策を見直す状況になれば、スポンジが水を吸う様に吸収できるでしょう。

その他、磯崎さん関連でいうと、有料のnoteとなりますが、スタートアップの資本政策関連の最新の情報はisologから得られることができます。

9.J-KISS: 誰もが自由に使える、シード資金調達のための投資契約書

J-KISSとは、日本版KISS: Keep It Simple Securityの略です。すなわち、簡単に早くシンプルに資金調達するための投資契約書ということになります。この記事は、J-KISSを公開しているCoral Capitalの澤山さんによって書かれています。

J-KISSはシード期によく用いられる投資契約書です。J-KISSは有償の新株予約権であり、お金を払い込んで、株式を購入する権利を買うというものです。具体的には、投資をした時点では、株式の取得割合やValuationは決まらず、例えばシリーズAの調達時のValuationの20%程のディスカウントされた株価で株式を取得できるという仕組みになっています。

ストックオプションをイメージしてもらえるとわかりやすいです。ストックオプションにはお金を払って株式を買う権利を買う有償のものと、ただで株式を買う権利もらえる無償のものがあります。

ストックオプションを保有することで、例えば100円で株を変える権利を得たとします。すると、株価が仮に500円になったとしても、100円の株価で株を買うことが出来ます。

J-KISSもストックオプションと考え方は同じです。ただし、いくらの金額で株式を購入出来るかは新株予約権取得時では決まりません。シリーズAの調達時点の株価で決まります。例えば、シリーズAの株価が500円になった場合には、500円の20%ディスカウントの400円の株価で、株式を取得できると言う感じです。

J-KISSを用いることで、資金調達側としては、調達時のValuationや株式を吐き出す割合を交渉しなくても良いというメリットを得られることができます。

資本政策の失敗は多くの場合、初期のシード期の株式持分の渡しすぎと行ったことに起因します。J-KISSを使うことで持分の渡しすぎといった致命傷を避けることができるので、調達時にはJ-KISSの検討をお勧めします。

また、エンジェル投資家からも「ValuationはJ-KISSでいい?」と言われた時も、「何それ?」とならずに、自信を持って交渉できるようになります。

元記事の内容はやや専門的な書きぶりですが、書き手の澤山さんが書かれた以下の記事の方がJ-KISSの理解は進むものと思います。

【3分で解説】投資契約書&J-KISS(コンバーティブル)の仕組み(前編)超要約

【3分で解説】投資契約書&J-KISS(コンバーティブル)の仕組み(後編)超要約

10.コーポレートベンチャーキャピタルの実務

少し古いデータですが、米国では、スタートアップ企業のExitはIPOではなく、M&Aが圧倒的に多いです(2009年でIPOが特に少ないのはリーマンショックの影響です)。そしてこの傾向は日本にも当てはまります。

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出所:未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書

M&AがExitとなるということは、つまりは大手の企業等がスタートアップ企業を買収するということに他なりません。となると、投資家としての大企業からの投資・出資をおさえておくことは必然的に重要となります。

この「投資家としての企業」の行動の理解を深めるためにおすすめなのが「コーポレートベンチャーキャピタルの実務」です。著者はDraper Nexus Ventures(現DNX Ventures)のマネージングディレクターである倉林さんです。

本書ではCVC(Corporate Venture Capital)の定義を、Chesbrough(2002)の研究を踏まえ「CVCとは、事業会社が外部のベンチャー企業に直接投資を行うことを指す」としています。より具体的には、CVCの運用形態として、以下の3つを紹介しています。

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このように同じ「CVC」でも、上記のタイプによって投資スタイルは全く異なります。例えば、私が前職で所属していた新生銀行は、新生銀行本体がスタートアップ企業に直接出資をする場合もあれば、グループ会社である新生企業投資が組成したファンドを通じて、スタートアップ企業に出資をすることもあります。さらに、新生企業投資が組成するファンドは、こちらに書かれているように、フェムト、gumi、インパクト投資等多岐に渡ります。

上記表の①〜③において、親元が同じ会社だとしてもファンド組成時に組む投資家や意思決定プロセスの方法は異なることがほとんどです。そのため、CVCという風に一括りにせずに、どういったCVCなのかを情報収集することは、投資家を探す際には非常に重要になります。投資の意思決定のスピード感で言えば、多くの場合、②が一番早く、③は他の投資家との兼ね合いで少し時間がかかるときがあり、①は大企業の場合は、別枠で決裁が通ってなければ、投資判断に時間がかかることが多いです。

本書では、CVCのまさに実務について、米国でのアカデミックな実証結果やファクトをふんだんに引用しながら、なぜCVCが勃興したのか、スタートアップ企業がいかに大企業と付き合っていくか、そしてオープンイノベーションを起こしていくかが解説されています。

投資家と付き合うあたり、CVCというパーツは必須なので、是非抑えていただければと思います。

最後におまけですが、CVCのアカデミックな知見としては早稲田の入山先生がかかれた「世界の経営学者はいまなにを考えているのか」の第14章「事業会社のベンチャー投資に求められることは何か」にも詳しく書かれています。20ページ程なので、この箇所も読むことをお勧めします。

以上、資本政策や資金調達を考える際に読むべきお勧めの記事と本のご紹介でした。

上記の記事や本を押さえた上で、投資家と話をすることで、より自信を持って資金調達の交渉ができるようになります。また、投資家側としても、資本政策をしっかりと理解している企業に出資する方が、企業価値を高めるといった共通の目的のためには、望ましいものと考えます。

ご紹介した記事や本をスタートアップのファイナンスや資金調達を検討する際に役立てていただければと思います。

GOB Incubation Partners株式会社 CFO
村上

(注)
7に起業のファイナンスと8に起業のエクイティファイナンスを紹介していますが、「これらの2冊はスタートアップのファイナンスとして基本の本ではないのか」というツッコミが来そうなので補足します。

確かにこの2冊は定番中の定番あり、完璧に熟読し、後は9のJ-KISSを押さえれば、ファイナンスの専門家やCFO業務に携わるわけでないのならば、それ以上の知識は正直不要だと思います。

しかしながら、この記事のコンセプト自体、「ファイナンスの知識がないのですが、スタートアップの資金調達を考える際には、まず何から学べば良いですか」という人向けに書いており、そういった人に相応のボリュームのある「起業のファイナンスと起業のエクイティファイナンスを読めば大丈夫」といきなり言うのは、対象者に対して、実質的に有益なアドバイスになっていないと考えています。そのため、7と8は後半で紹介するとともに、この2冊のどこをどう読めば良いのかを解説しております。

加えて、webの記事と本を比較すると、本の方が読むには時間がかかるので、7と8の位置はwebの記事よりも劣後しております。ただし、実際の5や6の記事を深くまで読みこなすには、7の起業のファイナンスの知識があった方が良い点はご留意ください。また9のJ-KISSは、7の起業のファイナンスの知識がなければ実質的には読んでもわからない可能性が高いので、webの記事ですが、本よりも後にしています。

GOB Incubation Partners株式会社  CFO
村上

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