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ジョブズは iPhoneの価値をどのようにして伝えたのか-ジョブズ から学ぶ資金調達のポイント-

「新しい事業の製品やサービスの良さがなかなか伝わらない」

新規事業開発やスタートアップの支援をしていると、大企業の新規事業開発担当者や起業家の人からよくこんな台詞を聞いたり、相談を受けたります。良さが伝わらない相手は、直接のユーザーや顧客企業の担当者の時もあれば、投資家の時もあります。

では、なぜ新しい製品やサービスの良さはなかなか伝わらないのでしょうか。そして、どうすれば伝わるようになるのでしょうか。今回はiPhoneを事例に、新しい製品やサービスについての良さや価値の伝え方について考察を行います。

良さには、既知と未知がある

任天堂のWiiのコンセプトの解説者であり、昨年発売された「「ついやってしまう」体験のつくりかた 人を動かす「直感・驚き・物語」」の著者でもある玉樹真一郎さんは、著書の「コンセプトのつくりかた」の中で、「良さ」には、「既知の良さ」と「未知の良さ」があると指摘しています。

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例えば、あなたがスマートフォンの企画担当者だとして、どのようなスマートフォンを企画しますか。「他社よりも軽いスマホ」「圧倒的に安価なスマホ」「画素が世界一のスマホ」等が思い浮かぶかもしれませんが、こういった「良さ」は、「既知の良さ」と玉樹さんは分類しています。つまり、「ユーザーみんなが良さについて直感的・本能的に理解していて簡単に説明ができる良さ」といえます。

世の中の多くの商品は、こういった「軽い」「安い」「美しい」といった「既知の良さ」をベースにビジネスを展開することが多いですが、こういった市場は当然に競争が厳しいレッドオーシャンです。そして、これらの「既知の良さ」の改善は多くの場合、大企業が巨大なヒト・モノ・カネのリソースを注ぎ込むことで、実現できることになります。

そのため、お金があまりないスタートアップ企業や新規事業担当者はこういった「既知の良さ」で勝負をするのは必然的に難しくなります。

では、どうすれば良いのか。そこで出てくるのがもうひとつの「良さ」である「未知の良さ」です。既知の良さとは異なり、未知の良さは「ユーザーはその良さ自体をうまく表現できず、他の競合も追従できないようなリソース以外の何かを有しているもの」となります。玉樹さんは、この「リソース以外の何か」がまさに「コンセプト」といっています。

資金調達も「既知の良さ」と「未知の良さ」で変わってくる

ですが、「未知の良さ」とは「ユーザーがその良さを表現できないもの」なので、なかなか浸透しません。いわゆるキャズムを超えるのが難しいという課題があります。

さらに「未知の良さ」であるため、投資をしたくても、なかなか資金調達をすることができません。この点、わかりやすい良さである「既知の良さ」の場合とは事情が異なります。

私は普段財務の支援を主にやっているのですが、製品やサービスの「良さ」を「既知」と「未知」で分けると、資金のタイプも二つに分けることができるようになります。すなわち、「既知の良さ」にお金を出すのが、融資であり、「未知の良さ」にお金を出すのが出資なのです。

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金融機関からお金を借りるためには、「既知の良さ」を伝える必要がありますが、「未知の良さ」ばかりを伝えていても、担当者には良さが伝わらず、決裁がなかなかおりません。

他方、出資を行うようなエンジェル投資家やベンチャーキャピタルにわかりやすい「既知の良さ」ばかりを伝えても「それって面白くないよね」となり、なかなか出資をしてもらえません。リスクマネーの出し手には、やはり「未知の良さ」を伝える必要があるのです。

とはいえ、まったく「未知の良さ」を伝えたとしても、それはそれでエンジェル投資家やベンチャーキャピタルは出資についてなかなか首を縦にふりません。エンジェル投資家やベンチャーキャピタルに「未知の良さ」を伝えるためには、「補助線」が必要となります。では、その補助線とはなんでしょうか。そう、すでに良さが判明している「既知の良さ」なのです。

「既知の良さ」を伝えた上で、「未知の良さ」を伝えることで、「良さ」が伝わりやすくなるのです。

この「既知の良さ」と「未知の良さ」をバランスよく説明したもの。それが携帯電話に革命を起こしたiPhoneなのです。

ジョブズはiPhoneの「未知の良さ」をどう伝えたのか?

2007年1月9日にカリフォルニア州サンフランシスコで開催されたMacworld Conference & Expoのスティーブ・ジョブズの基調講演でiPhoneは発表されました。

この時の様子はYoutubeにも残っています。このプレゼンは私としては歴史に残る屈指の名プレゼンだと思います。その理由を「既知の良さ」と「未知の良さ」の観点から考察をしてみましょう。

ジョブズは上述したMacworld Conference & Expoで3つの革命的な製品を発表すると言います。その3つとは次のものです。

①タッチ操作ができる大画面のiPod
②革命的な携帯電話
③画期的なインターネットコミュニケーション機器(breakthrough internet communicator)

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上記のリンクで言えば、1分35秒から2分20秒です。これら3つの新製品の発表をすると言ったものの、実はこれらは別々の製品ではなく、一つの製品であるとジョブズは伝えます。これが「iPhone」だと。

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発表シーンにおける観衆のリアクションを見ればわかりますが、①と②は圧倒的な盛り上がりを見せますが、③については抽象度が高いということもあり、反応が明らかに悪いです。

これを既知と未知のフレームワークに落とし込むと次のことがわかります。
①i Pod  = 既知
②革新的な携帯電話 = 既知
③画期的なインターネットコミュニケーション機器(breakthrough internet communicator) = 未知

すなわち、①と②は既知の価値の延長です。他方で、③は圧倒的な未知。
さらに、このような革新的な製品にもかかわらず、アップル本製品に名付けた名称は「iPhone」です。つまり電話の機能的な価値や良さを全面的に出すことで、新商品の価値をわかりやすく伝えることに成功したと言えます。

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では、この時期、他の会社はどうだったのでしょうか。ソニーは2007年2月にmyle(マイロ)という商品を発表しました。iPhoneとほぼ同時期です。

このマイロという製品は、ウェブが見られて、音楽も聴けて、Skypeが最初から入っていて無料通話もでき、さらには動画再生や、キーボードを使ってメールを打つこともできるというインターネットモバイル機器の先駆けだと個人的には思っています。

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ですが、この商品は全く売れませんでした。なぜでしょうか。それは、この製品自体が当時では未知すぎてどう使って良いか消費者がわからなかった点にあります。iPhoneの価値でいうところの「break throgh internet communicator」のみを前面に出したため、良さが未知すぎてユーザーには刺さらなかったと言えるでしょう。実際、商品のキャッチフレーズも「パーソナルコミュニケーター」となっていて、いまいちどういったことができるのか、今聞いてもピンときません。

かたや、iPhoneは、iPodの価値も包含して示すことで、これまでのiPodのように音楽も聴ける上に、ウェブも見られる「電話」だという説明をしました。このように電話という「既知」の価値を伝えることで、多くの潜在的ユーザーはiPhoneの良さ(=価値)をイメージをしやすくなりました。

では、3つのiPhoneの①〜③の機能のうち最も使われたものは何だったのでしょうか。少なくとも日本では②の電話としてはあまり使われていませんでした。

日本でiPhoneが発売されたのは2008年7月でしたが、当時iPhoneを扱っていた携帯キャリアはソフトバンクのみで、au ユーザーやドコモユーザーはiPhoneに機種変更することができませんでした。

その結果、どうなったのか。ドコモユーザーである私も実際にやりましたが、携帯の2台持ちをしていたのです。すなわち、ドコモやauの携帯を持ちつつ、ソフトバンクと契約をしてiPhoneを使うというやり方です。

私の世代はドコモユーザーが多く格安スマホも無かった時代なので、ドコモユーザーの多くはiPhoneとガラケーの2台持ちをしてました。ですが、当然携帯電話としてはiPhoneを使いません。上記③の「breakthrough internet communicator」の用途で主にiPhoneを使っていたのです。

事実私のソフトバンクの携帯番号を当時知っていたのは、ソフトバンクユーザーである妻だけです。メールのやり取りを含む普通の携帯電話としてはドコモのガラケーを使うので、その他の人には番号を教える必要は無かったのです。

その後、auやドコモでもiPhoneが発売されたり、アンドロイド携帯も充実してきたため、携帯2台持ちという文化は消えることになりました。

このようにiPhoneと言った革新的な機器でも最初に伝えたのは「既知の良さ」を踏まえての「未知の良さ」だったのです。同時に、ジョブズのプレゼンでは、きちんと電話のデモンストレーションも入れることで、「これは電話なのだ」ということを大衆に意識づけさせることに成功しています。

つまり、「既知」の良さである①の「iPod」と②の「電話」をうまく入れ込みながら、「未知の良さ」である③の「画期的なインターネットコミュニケーション機器」を説明しているため、③がより際立つつともに、良さがわかりやすく伝わるように工夫をしているのです。

いかにして新しい製品やサービスの良さを伝えれば良いか

さて、冒頭の質問に戻りましょう。「新しい事業の製品サービスの良さがなかなか伝わらない。」。こういった課題を抱えている人は多いのではないでしょうか。その際に重要なのは、いきなり「未知の良さ」を伝えるのではなく、補助線として「既知の良さ」を織り交ぜつつ伝えることで、より良さが伝わりやすくなると言えるでしょう。

「既知の良さ」を伝えることで、聞き手は安心感を覚えます。ただ、「既知の良さ」だけだと、「ふーん」で終わることもあるので、「未知の良さ」も入れることで、一層良さが引き立つようになります。

また話す相手によっても、「既知の良さ」と「未知の良さ」のバランスを変えることも重要になってきます。

融資を検討している金融機関の担当者に「未知の良さ」をいきなり伝えてもまず伝わりません。彼ら彼女らの仕事は「既知の良さ」にお金を出すことだからです。そのため、まずは世の中の既知の良さを整理した上で、自身のサービスで既知の良さがどこなのか解像度を上げ、その上で未知の良さの話をすると金融機関の人を説得しやすくなります。

他方、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルといったリスクマネーの提供者には、「既存の良さ」は「未知の良さ」を引き立てるような割合で説明し、ジョブズのように「既知の良さ」を説明しているように見せつつも、実際説明の多くは「未知の良さ」を説明しているようなブレンド感覚がよいのだと感じております。

「新しいサービスの良さがなかなか伝わらない」と感じている方は、「既知の良さ」と「未知の良さ」の観点から事業の「価値」を分析しながら検証を重ねていくことで、「未知の良さ」をより世の中に浸透させていけるのではないでしょうか。



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