第4話:インタビューで見えた顧客の本音「すべて私の思い込みだった」——小説で読む起業
この小説では、主人公の洋子が起業家として成長するさまを描きます。
ストーリーはフィクションですが、起業家としての失敗や苦労、成功法則はすべて、起業や新規事業開発における実際の現場での体験、知見に基づいたものです。圧倒的にリアルで生々しい、洋子の起業家としての歩みを、共に見ていきましょう。
*この記事はGOB Incubation Partnersが運営するメディア「ウゴイテワカル研究所」からの転載です。元記事はこちら。
前話までのあらすじ
洋子は、オンライン上で完結するインテリアコーディネートサービスのアイデアで、miltyを創業。アドバイザーである美保からの指摘によって、これまでいかに顧客の声を聞いていなかったか、痛感した。洋子は、アドバイスをもとに改めて顧客へのインタビューを試みようとしていた。
第1話〜第3話はこちら
今日はインタビューの日だ。
洋子は丸一日予定を空けて、潜在顧客の声を聞くことにした。いつもより少し早起きをした洋子は、何をどの順番で聞こうか考えながら、美保にもらったアドバイスのメモを見返していた。
「インタビューは、まったく知らない潜在顧客でないと意味は薄い。だからと言って誰でもいいわけじゃないわ。洋子さんが顧客と思える人で、まったく知らない人。どこで出会うかって? それは簡単。洋子さんの潜在顧客がどこで問題解決をするかを考えてみて。私だったら、洋子さんの契約コーディネーターが提案している家具やインテリアと似た商品を扱っている流通系のインテリアショップに行くわね」
洋子は、事前にリストアップしていたインテリアショップに、開店時間めがけて訪問した。卸売と小売のどちらも手掛けているお店だった。
店内に入るが、まだお客さんは誰もいないようだ。洋子は店員に話しかけた。
洋子:「こんにちは。こちらのお店ってどんなお客さまがお越しになりますか?」
商品ではなく顧客についていきなり尋ねる洋子に、店員は少しけげんな表情を見せた。
洋子は「これはいけない」と察し、美保のアドバイスを思い出した。込み入った話を聞くときや、協力してもらうときは、自分が何者で、なぜその質問をしているのかを分かってもらう必要があるのだ。
洋子:「突然失礼しました。私はオンライン上でのインテリアコーディネートサービスを経営していて、商品の仕入れ先を探しているんです」
もちろん実際には、仕入れ先を探しているわけではなかった。その方が話が早そうだと思ったのだ。
店員のネームタグには「フック船長」と書かれていた。おとぎの国のキャラクター名で呼び合っているのかもしれない。距離を縮めようと、洋子はフック船長と呼んでみることにした。
洋子:「フック船長、お願いがあるのですが……。もしできたら、ご迷惑にならないようにするので、何人かお客さまに話しかけてもよいでしょうか?」
ショップ店員:フック船長
フック船長:「11時半には店長が来るので、その確認を待ってからでもいいですか?」
あと1時間半もあった。「できれば今すぐにでもインタビューを始めたい」、そんなことを思いながら、なんとかならないものだろうかと、洋子は会話を続けた。
洋子:「店長の山下さん……。あ、こちらのお店では山下さんは何と呼ばれていますか?」
フック船長:「ティンカーベルです」
洋子:「ティンカーベルさんは、実は私の取引先ともつながっていて、知らない仲ではないんです。私から直接お願いした方がよいでしょうか?」
店長の名前が「山下」であることは、事前にリサーチ済みだった。miltyが契約しているインテリアコーディネーターもこのお店を知っていたので、洋子の言葉は、決して嘘ではなかった。なんとかインタビューをさせてもらえるように、話を持っていこうとした。
フック船長:「そうだったのですね。では、お客さまに少し話を聞く程度であれば大丈夫だと思いますよ」
フック船長は親切な人だ。でも美保のアドバイスがなかったら、完全に怪しい訪問者になっていたかもしれないと洋子は思った。
商品を見て回っていると、10分ほどで最初のお客さんがお店に入って来た。
***
30代くらいの男性とニット帽を被った女性の2人組だった。2人は特に目当てのものがあるわけではなさそうだった。店員も声をかけるわけではなく、静かな店内だった。
洋子は、A3のノートをわざと周りから見えるように持ち歩いていた。実はそれも美保から教わったアドバイスだった。「わざわざ目立つボードかノートを持っていると、声をかけた時に怪しいと思われにくくなる」らしい。
洋子は2人に近づいて声をかけた。
洋子:「すみません、私インテリアコーディネーターをしている……」
と話をした瞬間に、
男性:「すみません……!」
話しかけてほしくなかったのだろう。話をする間もなく、足早に立ち去ってしまった。
「めげるな私」
心の中で言い聞かせ、次のお客さんを待った。
***
数分後、20代と思われる男性と、男性よりやや年上だろうか、薄ピンクのショールを羽織った女性が入店してきた。2人の関係を想像しながら洋子は話しかけた。
洋子:「こんにちは、私はインテリアコーディネーターをしている野下洋子です。少しお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
2人は明らかに怪しい顔をこちらに向けてきた。営業されるのを警戒しているのかもしれない。
洋子:「あ、私はこちらのお店の者ではございません。お店に協力いただいて、新商品を仕入れるためにお客さまのニーズに関するご意見をお伺いしているんです。先ほどお見かけしたときにお客様はコーヒーデスクをご覧になっていたので、もしかすると引越しをお考えなのかと思いまして」
お客さま:「そうなんです」
今回は、なんとか話を聞けそうだ。
お客さま:「引越し先の家は今の1.5倍くらいの広さで、家具もほぼすべて新調しようと思っています。でも、どういうものを揃えたらいいか家で相談していてもなかなかイメージがつかなくて……。こちらのお店は品揃えが豊富なので見に来たんです」
洋子:「なるほど。買いたいものはネットなどでなんとなく目星を付けてから来られたんですか?」
お客さま:「そうですね。SNSでいろいろな家の内装を見たり、リフォーム会社やインテリアコーディネート会社のホームページにあるイメージを見たりしました。でも家の大きさも間取りもバラバラなので、具体的なイメージまではできていません」
「これはまさにmiltyの顧客そのものだ!」
洋子は心躍るのを感じた。
「こんなに早く潜在顧客に出会えるなんて」
……おっといけない——。
洋子は美保からもらったアドバイスを思い出した。「とにかく、自分のサービスのことは一旦忘れて顧客の話を聞く、聞く、聞く。顧客を知ること」。
洋子は、美保からのアドバイスを踏まえて、インタビューを続けた。
洋子:「具体的なイメージがつかないとき、リフォーム会社やインテリアコーディネートの会社に問い合わせたりはしましたか?」
お客さま:「いえ、していません。これまでもしたことはないです。サイトの画像でイメージしたり、近いものを買い物リストに入れたりはしますが、実際は現物を見てから買います」
洋子:「なるほど。もし仮にネット上でインテリアコーディネートができるとしたら、何が決め手になりますか?」
お客さま:「ネットでインテリアコーディネートを受けられるとしても、すべてネットというのはあまり想像できません」
そう言うと、女性は小学生時代のエピソードを話し始めた。
お客さま「まだ私が小学生だった頃の話ですが、実家をリフォームしたんです。担当してくれたのはリフォーム会社に勤める父の友人でした。
何度も家に来て、子どもだった私の意見も聞いてくれて、私にも分かるように出来あがりイメージのスケッチも見せてくれました。
完成した時は感動しました。内装を変えただけなのに、これまでとはまったく違う、特別な空間のように感じたのを覚えています。
その時のことがとても鮮明に残っているので、インテリアコーディネートをお願いするなら、とにかく自宅に何度も来てもらいたいですね。本当に自分たちの理想とするコーディネートにマッチできるところまで付き合って検証してくれる手厚さと納得感を何より大事にしたいんです」
***
利便性も、価格も、洋子が重要だと思い込んでいた話は一切出てこなかった。
洋子は我慢できず、美保に禁じ手と言われていたはずの、直接仮説についての質問をしてしまった
洋子:「ありがとうございます。インターネットで完結することで、何度も訪問を受けたりしないで済むといった利便性や、コーディネート料が安く済むといった価格面はどうですか?」
お客さま:「これから長く住む家のことなので、家に来ていただくことは、苦にはなりません。むしろ自分たちの住まいのことを理解してもらえるので、ありがたいです。それと……もう1つの質問は何でしたっけ?」
洋子は、価格についての質問を2人が忘れていることに違和感を持った。価格を気にしているなら、質問自体を忘れないはずだ。
洋子:「価格についてです」
お客様:「あ、そうでしたね。それも長く住む家なので、予算内に収まれば、あまりに高額でない限りはそこまで気になりません」
洋子:「利便性と価格、それぞれ重要度を5段階で表すとしたら、いくつくらいですか?」
お客様:「うーん、利便性が2、価格も2くらいだと思います」
洋子は、自分が望んだ答えが返ってこないことに、少し苛立ちを感じていた。そしてついに仮説証明モードが抑えられず、こんな質問をしてしまった。
洋子:「もしインターネットで完結するインテリアコーディネートを依頼するなら、何がクリアできていたら依頼したいですか?」
お客様:「難しいですね……。でも少なくとも家に来てもらい、きっちり間取りなどを理解していただきたいです。あ、でもそれだったらインターネット完結にならないですもんね……」
2人は、本当に利便性と価格のことが考えにないようだった。「そんな馬鹿な……」洋子は呆然としながら、お客さまを少しの間見つめてしまった。
「もうこれでご質問は大丈夫ですか?」
洋子は、ハッと我に帰り、まだ聞き残したことがないか一瞬だけ考えて、お礼を伝えた。
「貴重なお話をありがとうございました。引越し先のお家が素敵なお家になることを願っています」
これが、人生初の潜在顧客インタビューだった。
***
私が想定していた答えはまったく返って来なかった。
思い返すと、同じような声は以前からたくさん挙がっていた。
これまでは自分の思い込みが強くて、寄せられていた顧客からの声が私の頭に届いていなかったのだ。
洋子は、この間の母親との電話での会話を思い出していた。
母が欲しいものは、私があげようとしていたものとはかけ離れていた。思い込みではなく、その事実は聞かなければ分からないのだ。
***
インタビューを終えた日の夜、洋子は憔悴しきった気持ちで彼氏の良幸と電話をした。
洋子:「今日は創業1年の節目だったんだ。だから業績が上がらないない原因を探りたくて、まっさらな目で改めて顧客にインタビューをしてみたの。
でも、miltyが価値にしている利便性や安さはまったくニーズがなかった」
良幸:「そうだったんだ。直接顧客に触れてみないと分からないこともあるからね」
洋子:「うん、そのことに、今回私も始めて気がついて……」
良幸:「そっか」
洋子:「良幸、私は思い込みだけでサービスを立ち上げていたのね」
第4話のポイント
・インタビューのやり方次第で相手から本当の苦痛を引き出すことができる
・顧客の声を聞くことで、仮説ではなく真実が見えてくる
・「顧客が何を求めているか」、その真実は、顧客の声を聞くことでしか見えてこない
・起業家は思い込みが強すぎて顧客の声が入ってこないことがある
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第1話〜第3話はこちら
*この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。