《サス経》 ターゲットにされた100社
9月にTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言が発表になって以来、生物多様性への企業の関心がさらに高まっているように思います。最終提言を丁寧に読み込んで、具体的な行動を起こそうとしている方も多いでしょう。分厚くて大変でしょうが頑張ってください。
さて、ご存知の方も多いと思いますが、TNFDは現在、この最終提言にしたがって情報開示する企業を募集しています。宣言した企業をTNFDが集計し、来年1月のダボス会議で発表するとのことです。どんな顔ぶれになるのか楽しみですね。またここで他社に遅れを取らないように、手を挙げたり、その準備に追われている企業も多いことと思います。
機関投資家が企業に情報開示を迫る動き
TNFDはあくまでボランタリーな開示制度ですが、一方で、機関投資家が企業に対して様々な取り組みや情報開示を求めるという動きも出てきています。その一つが今年6月に正式発足したNA100です。
聞いたことがあるような名前だなと思った方は、かなりサステナビリティやESGに詳しい方だと思います。気候変動に関してはCA100(Climate Action 100)というイニシアティブがありますが、それの自然版がNature Action 100、つまりNA100なのです。
内容としては、CA100と同様に、世界中での機関投資家が集まって、自然に与える潜在的な影響が大きい企業を世界で100社選び、その企業に対して集団エンゲージメントを行うというものです。
「エンゲージメント」という言葉は聞きなれない方もいらっしゃるかもしれませんが、ESGの世界では投資家が投資先の企業、特に経営者と「対話」することをエンゲージメントと呼んでいます
内容としては、課題に対する考え方や取り組み内容、さらにはその進捗を確認するものですが、時にはより積極的な取り組みを行うように改善を要求することもあるでしょう。なので対話と言っても、そのテーマで和やかに話しましょうというよりは、実質的には機関投資家が企業に対して圧力をかける行動と言っていいでしょう。しかもそれを集団で行うというのですから、企業にとってはかなり怖いことかもしれません。エンゲージメント対象に選ばれると、機関投資家から目をつけられた気分かもしれません(もちろん悪いことをしているから選ばれたわけではありませんが…)
一方、自然資本や生物多様性の危機は機関投資家にとっても非常に大きな投資リスクですから、投融資先の企業が自然資本に与える影響をきちんと管理するよう求めるのは当然とも言えます。そしてNA100はその際、企業に対して「野心」、「評価」、「目標」、「行動」、「ガバナンス」、「(社外ステークホルダーとの)エンゲージメント」の6つの領域について対話をするとしています。
この6つの重点領域は、TNFDが企業に開示を求めているものとは若干表現が違う場合もありますが、ほぼ重なります。そしてそれ以上に、野心的であることを求め、また目標は期限付きかつ科学に基づいていることを期待しており、より踏み込んだ厳しいものであると言っていいでしょう。そうでなくては、ネイチャーポジティブなど実現できないからです。
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投資家が目をつけた企業とは?
また注目する特に重要なセクターとして、「バイオテクノロジーと医薬品」、「農薬を含む化学薬品」、「家庭用品とパーソナルケア用品」、「eコマース、専門店、流通を含めた消費財の小売」、「肉や乳製品の生産者から加工食品まで含む食品」、「食品飲料の小売」、「森林管理と紙パルプ製品を含む林業と製紙」、「金属と鉱業」の8分野を挙げています。
そして9月26日にいよいよ、これら8セクターから合計100のエンゲージメント対象企業を決定し、公開しました。その中には日本企業も含まれています。味の素、伊藤忠商事、丸紅、三井物産、王子ホールディングスの5社です。(アルファベット順)
日本企業以外にも、日本でもよく見かける世界企業が、例えば3M、Amazon、アストラゼネカ、BASF、コストコ、ダノン、ダウ、ケロッグ、ロレアル、マクドナルド、ペプシコ、P&G、リオティント、シスコ、ユニリーバ、ウォルマートなど多数含まれています。いずれも生物資源を多く使う企業であったり、自然を開発したりということが多い企業です。
選ばれなかった企業にこそ考えるべき理由
今回選ばれなかった企業の方は「うちは大丈夫だった」と胸を撫で下ろされているかもしれませんが、そうではありません。むしろ私は選ばれなかった企業にこそ、同様に、いえ、それ以上に、この流れをしっかりと受け止めていただきたいと思います。
なぜなら今回エンゲージメントの対象となった企業は、もちろんその対応は大変ではあると思いますが、投資家からの圧力にさらされることにより、行動はどんどんと前進するはずです。一方、対象に選ばれなかった企業は自分たちが生物多様性と関係がない、影響を与えていないということではありません。潜在的な影響が相対的にやや小さかったために今回は選ばれなかったに過ぎないのです。
けれども基本的にはすべての企業が、NA100が特定した8つのセクターであれば特に、生物多様性にこれまで以上に取り組みを行う必要があります。その内容はもちろん、今回選ばれた100社と同じです。そして今回エンゲージメントの対象に選ばれなかったので、そうした取り組みをすべて自主的に行わなくてはいけないのです。
エンゲージメント対象に選ばれなかったからと言って、そこで気を緩めてしまっては、取り組みのペースは落ちてしまうでしょう。エンゲージメント対象となった会社から大きく差をつけられてしまうことになりかねません。
したがってたとえ自社はこの100社には選ばれなかったとしても、エンゲージメント対象となった企業はどのようなことを求められたのか、そしてそうした企業はこれからどのような取り組みを進めるのか。よく観察して、負けず劣らずの活動をしていただきたいと思います。そして何より、機関投資家がこれだけ真剣に行動する理由をぜひもう一度考えていただきたいと思うのです。
ちなみに現在NA100に参加する機関投資家は世界で190機関、その資産総額は23.6兆ドル、すなわち3500兆円です。
サステナブル経営アドバイザー 足立直樹
※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)478(2023年10月29日発行)からの転載です。
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