《サス経》 生物多様性を守る時代から、自然を増やす時代に
今週月曜日の19日に、生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)において、2030年までの生物多様性の世界目標(GBF; Global Biodiversity Framework)が採択されました。2020年までの目標である愛知目標の次のポスト2020目標です。本来であれば2020年に決められるはずでしたが、折からのコロナ禍のためにCOP15が2年以上延期となり、なんとか今年中に採択されたのです。COP15は当初は中国の昆明で開催される予定でしたが、中国のゼロコロナ政策により国際会議の開催が難しかったため、急遽開催場所も生物多様性条約の事務局があるモントリオールに変更されました。そんなわけで、今回採択された目標にも、昆明-モントリオール生物多様性世界枠組という名前が付けられました。
https://www.cbd.int/article/cop15-cbd-press-release-final-19dec2022
ご存知の方も多いかもしれませんが、2020年までの愛知目標は、実際には全体の12%しか達成できないという残念な結果に終わっています。世界的に実施体制が十分とは言えなかったのです。今回はその反省に基づき、当初から様々な改善提案が出されていました。例えば、明確な数値目標を策定することや、達成のための具体的な方法論を検討する、そして十分な資金源を確保するなどです。内容的には、愛知目標で達成できなかったことをそのまま持ち越すという案もありましたが、生物多様性が急速に失われている現状を考えると、単なる目標の順延では不十分だとの声が強まり、気候変動と同様に本当に必要な目標をしっかり掲げよう、野心的な目標が必要だという声が次第に大きくなったのです。
その過程はもちろんコロナの影響もずいぶんと受けました。実質的な準備期間が長くなったのは、議論を重ねるためにはプラスだったとも言えます。一方で最初のうちはオンラインでしか議論ができず、なかなか細かい部分が詰められませんでした。結局5回も事前会合を行うという異例な形になりましたが、なんとか最後は合意にたどり着くことができたのです。そして採択されたものを見ると、内容的にも充実したものになったと言っていいでしょう。考えなくてはならない要素は全てきちんと盛り込まれており、また目標のレベル感としても野心的なものになっています。
たとえば、先住民や女性についての記載が至る所に散りばめられていることはとても印象的です。 生物多様性の分野では、先住民の権利は古くから課題となってきましたが、先住民の慣習的な権利に配慮することはもちろん、生物多様性や生態系を守り再生するためには、先住民の知恵や経験が必要であるとしたことは大きな前進と言っていいでしょう。また気候の分野で言われる「公正な移行」についても、同様のことが強調されています。すなわち人権面により強く配慮されるようになったことも、今回の目標の大きな特徴の一つといっていいでしょう。
そしてもう一つの特徴、そして私がもっとも強調したいのは 、企業や金融機関の役割への期待がこれまでになく大きくなっていることです。もっと言えば、これから生物多様性を必要なレベルまで保全するためには、企業や金融の力が不可欠であり、そのために世界のお金の流れを変えていくのだという強い意志を感じました。
具体的には、世界の生物多様性をしっかり保全するためには少なくとも7000億ドルの追加の資金が毎年必要と言われていますが、これは現在の各国の支出額の合計の数倍にもなります。いくら保全努力を増やすといっても、現在の数倍の支出を各国に求めることは難しいでしょう。なので、既存のお金の流れを変えるために、生物多様性に有害な補助金のうち少なくとも5000億ドルの目的を変更することが行動目標となっています。また、官民から生態系を再生するために2000億ドル以上の新たな動員を促すことも合意されました。
順番が前後しましたが、今回のGBFで最も重要な部分は、生物多様性が喪失する今の流れに歯止めをかけ、これを2030年までに逆転させる。そして生態系を今よりも増やしていくということです。一言で言うと「ネイチャー・ポジティブ」なのですが、これが生物多様性についてこれからの世界共通の目標となるということです。気候変動のカーボン・ニュートラルと並んで、二大目標となることでしょう。
そのために企業や金融機関に求められるのは、投資だけではありません。そもそも自分たちの事業や投資ポートフォリオが生物多様性にどのような影響を与えているかをしっかりと把握し、財務パフォーマンスに与える影響を評価し、開示することも求められています。日本などいくつかの国が反対したために義務化には至りませんでしたが、大企業や多国籍企業、金融機関に対しては情報開示を要求することにはなりましたので、今後、企業はより真剣に情報開示に取り組む必要が出てくるでしょう。いま話題のTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)も、まさにそのための仕組みです。
それ以外にも、気候危機に対応するために自然を活用すること、すなわち自然に基づく解決方法(NbS)を積極的に利用していくことも行動目標に含まれています。NbSは気候変動を緩和したり適応するのに有用であるだけでなく、生態系の再生にもつながるため、一石二鳥というわけです。もちろんこうした行動は新しいビジネスにもなりますし、それ以外にもこれに関連して新しいお金の流れが生まれることが期待されます。
このように見てみると、今回の世界目標は、企業や金融が関わる側面が非常に多いことがお分かりいただけるのではないでしょうか。実際今回のCOP15への参加者は、これまでになく企業や金融からの参加者が多かったといいます。これまで生物多様性というと、企業にとっては社会貢献的な意味合いも強かったのは事実ですが、いよいよ金融も巻き込んで、生物多様性を保全したり生態系を再生することがビジネスになる時代になったのだと思います。後から振り返ると、COP15で時代が大きく変わったと言われる日が来るのかもしれません。そのぐらい大きな、そして新しい時代の幕開けを感じさせるCOPと世界目標になりました。
さて、早いものでこれが今年最後の「サス経」メールになります。一年の最後をこのように大きなニュースで締めくくることができたことを嬉しく思います。そして、皆様方には今年も一年間、大変お世話になったことをお礼申し上げます。本当にありがとうございました。どうぞ良い年をお迎えください。
サステナブル・ブランド・プロデューサー 足立直樹
株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)458(2022年12月24日発行)からの転載です。
Cover photo by UN Biodiversity