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見なくてもわかる。1


この部屋で泣くのは二回目だ。

一回目は小学生の頃。

わたしの地域は田舎で、定期的に近所の人が集まり近況やらを話す機会がある。
昔ながらの風習というか、習わしというかそんなやつ。

その家には何度も行ったことがあって、家主であるおじちゃんが
ただ微笑みながらいつも頭をポンと叩いてくるのが、なんだか嫌だった。


ある日、親に言われた。
「あのおじちゃん、
もう一生、身体を動かすことも話すこともできんかもしれんって。」


当時、あまり理解していなかったが、おじちゃんは病気をして
手術が成功しても良くて植物人間という状況だった。

「そうなんだ。」

あまりなんとも思わなかった。
よくわからないというのもあっただろうし、あんまり好きじゃなかったというのもあっただろう。


それからしばらくして、
”おじちゃんが動けるようになった。お医者さんがびっくりしてる。奇跡だよ。”

と聞いた。

その時もあまりピント来なくて

「そうなんだ。よかったね。」ぐらいの返答をしたと思う。



また近所の集まりの日が来た。

年配者ばかりの集会に、唯一の子どもとしてわたしはその場にいた。

特に何をするわけでもなく、「お年寄りが喜ぶから」という理由でわたしはそこに連れて行かれていた。

大人たちがそれぞれの近況を話して笑い合っているのを少し後ろから眺めていた。

その場にあのおじちゃんが見えた。


(あ、あのおじちゃんだ。動けるようになったって言ってたもんな)

それぐらいに思い、ただただ大人たちが話しているのを眺めていた。


少しして、おじちゃんが自室に戻るために席を立った。

歩きながらわたしを見つけ、いつものように微笑みながら
わたしの頭をポンと叩いて部屋を出ていった。


その瞬間に涙がぼろぼろとこぼれた。

昔から涙を隠そうとする癖があって、必死に止めようとしたが
どんなに頑張っても涙は止めどなく溢れてくる。


ふと、誰かが泣いているのに気づいて

「おい!歌穂が泣いてるぞ!どうしたんか!誰に泣かされたんか!」

と、次々に大人が駆け寄ってきて、みんなの視線が全部わたしに集まった。


ひっくひっくとしゃくりあげながら、説明しなくちゃいけない状況に
詰まりながらなんとかかすれた声を出す。


「おじちゃんが、動いててよかったなと思って。」


会場がドッと笑った。

「なんかー!誰にいじめられたんかと思ったわー!」と
各方面から笑い声と緊迫した空気が安堵に変わった声がした。


そんな中、おじちゃんの奥さんだけが一瞬目元を拭き、笑っているのが見えた。



誰かにとって大切じゃない人など、この世に存在しないのだ。



続く

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