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僕の好きだったひと 6


日常が楽しくて、お皿を洗いながらわくわくしてたら、ふと君を思い出した。

この”わくわく”に君は傷つけられていたんだね。



そう思うと、世の中にある全ての感情は、意図など関係なく、
必ず誰かを傷つける。

くよくよしてたって誰かを不快にするし、
わくわくしてたって、どこかの誰かを傷つけるのだ。

誰しもが誰かに刃物をふるっている。

まるで、今の世の中のようだ。

きっとどんなに気をつけようと、誰も傷つけずに生きるだなんて、
誰もなし得ていないことなのだろう。




当時、私は20歳だった。
君は5つ上の25歳。
それでも十分若いであろう年齢だが、君はもう人生において
どこか「諦める」という選択を取っていた。

君は歌が好きだった。

「こんな年齢じゃなければ歌手になりたかった」という
君の言葉が嫌いだった。




当時の私はOLをしながら、地域の若者を盛り上げるようと、
気の合う仲間とアートチームを組んで活動をしていた。

今思えば休日は、無償でがむしゃらに地域のために活動していたのだから
本当にその活動が楽しくてしょうがなかったのだと思う。
休みなのに身体を休めようなんて気は毛頭なく、そんな日々が生きがいだった。


もちろん彼との時間も大切にしていた。
お互いが心地のいい時間を過ごしていたと思う。

落ち込むことや泣くことも沢山あったが、それでもきっと
あの頃が青春だと思えるほどに、私は毎日を意気揚々と過ごしていたように思う。







そんなある日、彼が言った。


「かほはいいよね。いつもキラキラしてて。そんなかほが羨ましいよ。」と。


私はその言葉が全然嬉しくなかった。
じゃあ、君も動けばいいじゃん。それしか思わなかった。

でも君はあれやこれやと言い訳をしては、人前で歌うことも
ギターやピアノの練習をすることもせず、ただただ私に言葉を嘆いた。





私は彼の歌声が大好きだった。

男性の声で歌われた「春よ、来い」がこんなにも身体中を震わすのかと、口ずさんだだけの彼の声を聞いて、私は泣きそうになった。そんな経験は初めてだった。


だからこそ、動き出さない彼のことがとてつもなく嫌になっていった。





色々あって私たちは別れたが、たまに彼と連絡を取ることがあった。
ある日、君が

「最近は、駅前で歌ったりしてるんだよ」

と言った。







誰かと別れるたびに私は思う。

大抵の男はいつだって、ちょっと遅い時計をつけている。

きっと同じ国や地域に住んでいても、男と女は噛み合わないように
男性専用、女性専用があることを国家機密で守られていて、国民には知らされず、
一見わからないのに本当は時間の流れが異なる時計を売られているのだろう。




ほら、
だからいつだって、

君の時計はちょっと遅い。







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