朝ドラ「ひよっ子」にひそむ、3つの昭和世代
4月からスタートしてちょうど折り返し地点を迎えたNHKの朝ドラ「ひよっこ」。もう3ヶ月も放送は続いているのに、ストーリーの中身は昭和39年秋に始まって今は昭和41年6月30日に差し掛かったところ。この間2年と10ヶ月。これほどスローテンポな朝ドラはちょっと記憶にない。中には放送時間がほぼリアルタイムの15分ほどで終わってしまう回さえあった。時代はけたたましく変化を続けていった高度経済成長期だというのにこの対象的な空気の流れは実に挑戦的とも言える。脚本を手がける岡田惠和は昭和36年生まれらしいが、この頃に何かよほどの思い入れでもあるのだろうか。
事程左様に昭和40年代初頭の東京と茨城の風景をじっくり描いているドラマではあるが、一方で、単にこの時代を描いているだけではないことも見えてきている。それは、この時代から20年ほど遡った時代、戦争の時代だ。自分はまさに昭和41年生まれだが、戦争の時代などはるか昔の歴史だと思いがちだ。しかし、それはつい20年前の出来事だったのだ。そのことを思い知らせてくれる話が何度かドラマに登場した。ひとつは向島電機の舎監・愛子が戦争未亡人だったという話。よほど思い入れがあるのだろう、死別から20年たっても再婚することなく、一人工場の寮に住み込み、実の娘のようなみね子たち若い金の卵たちを優しくおちゃめに見守る姿は印象的だった。さらに、向島電機が不幸にも倒産しみね子が世話になることになった赤坂・すずふり亭のマスター・省吾は招集された軍隊での苦い思い出を話していた。彼の優しさの意味がわかる、心にしみる話だった。そして、7月4日放送分で自らの戦争体験を口にしたみね子のおじ・宗男。激戦地として知られるビルマ戦線でかのインパール作戦に駆り出され奇跡の生還を果たした彼の話は、敵兵との遭遇にまつわる意外にも心温まる内容だった。そこにビートルズのエピソードを絡ませてきた脚本家のセンスには脱帽というほかない。
この、戦争体験を話した3人はいずれも40代だろう。つまり、昭和ヒトケタか大正末期の生まれだ。さらに省吾の母・鈴子はおそらく明治の生まれだろう。そしてみねこが住むアパートの大家・富もすずこと同じ世代だ。そこに戦後世代のみね子や向島電機・乙女寮の同僚たち、すずふり亭の裏のアパートの住人たちは暖かく包まれながら日々を生きている。
つまり、このドラマには大きく3つの異なる昭和世代が同居し、昭和40年代前半という類まれなる世界を形作っているのだ。しかも誰もが普通の人。総理大臣でも偉い学者でも大金持ちでもない。実に昭和の中の昭和が、このドラマには息づいているのだ。
よく、昭和世代と一口にまとめていってしまいがちだが、その幅は64年にも及んでおり体験談も人それぞれだ。その、まさに大河ドラマのような時代を、わずか数年という短時間に集約するという一見無謀とも見える作業を、このドラマは華麗にやってのけているのだ。そして、ちょうどその時期にこの世に生を受けた自分がこのドラマを見ている、なんとも不思議な気分にさせられてしまう。
この先、ドラマはどう展開していくのかは分からないが(お父ちゃんはいつみかるのかも含めて)来る昭和40年代後半(少なくとも万博辺りまでは絡めそう)をどう取り込んでいくのか、ひよっ子ワールドはゆっくりゆっくり広がっていくことだろう。