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「いだてん」リリー・フランキー演じる「緒方竹虎」って結構すごい人なんよ。

日本のオリンピック史をたどる大河ドラマ「いだてん」。8日に放送された第34回では昭和11年(1936年)に発生した226事件の様子が描かれた。これから10月初旬までは、いわゆる戦中編が描かれていくことになる。元来政治モノが好みと言われる一般的な大河ドラマファンにとっては「ようやくらしくなってきた」といったところか。

ドラマ冒頭から軍靴の足踏みや銃声が響きが飛び交う緊迫したシーン。普段は軽妙な(とはいい難いが)噺家口調に乗せて筋書きが語られるのがお決まりのドラマだが、ビートたけし扮する古今亭志ん生も無言で高座から降りちゃう始末。見てる側にも重〜い空気が伝わってきた。いつもはお調子者の阿部サダヲ演じる主人公・田畑政治は、新聞社に踏み込んできた反乱軍の一人にロサンゼルス五輪の記念写真を踏んづけられて怒り心頭。思わず兵士に飛びかかるが、銃剣の柄でボコボコにされ流血してしまう。

ついにこのドラマも、そういう時代に突入してしまったか。そんな思いを抱かせるに十分なシーンだった。

この、反乱軍が朝日新聞社(当時は有楽町、現在のマリオンの位置にあったのは御存知の通り)を襲撃した際のキーマンとなったのが、リリー・フランキー演じる田畑の上司・緒方竹虎だ。ドラマでは反乱軍を前に拳銃を隠し持ちながら立ち回ろうとした、勇猛果敢な言論人として描かれた。

この緒方という人物、知る人ぞ知る戦前戦後のメディア・政治史を語る上で欠くことのできない人間である。

緒方がまだ大阪に中枢があった朝日新聞社に入社したのは明治末期。学生だった頃から政界に首を突っ込んでいたこともあり、早くから大物政治家とのコネクションを築いていた。その一人が枢密院顧問官で政界の黒幕と言われた三浦梧楼。緒方は三浦から、明治の次の元号は大正になるという、大スクープを引き出し、これを期に朝日社内において一目置かれる存在となった。

田畑政治が朝日に入社した当時、緒方は政治部長だったが、支那部長など複数兼任し、編集局長、主筆と、名実ともに朝日新聞の顔となっていった。

だが、515事件を期に、政党政治の限界を悟った緒方は、新聞の限界を感じたのか、広田弘毅や近衛文麿らに接近し、政界へ関与するようになる。開戦内閣の首班・東條英機とは対立していた緒方だが、戦時中、東條に代わって首相となった小磯国昭のもとで情報局総裁として入閣(同時に朝日新聞を退社)。以後、鈴木貫太郎、東久邇宮稔彦王と3代の閣内に身を置きながら終戦を迎えている。

戦時内閣の閣僚だった緒方は、東久邇宮内閣の総辞職直後にA級戦犯の指定を受け、公職追放の憂き目に遭う。昭和26年のサンフランシスコ講和条約締結直前に追放解除となった緒方は、講和条約成立直後の総選挙を経て政界へ復帰し、まもなく吉田茂内閣で官房長官を任じられた。ちょうど、講和・独立後も政権に固執する吉田の人気に陰りが見え始めた頃で、政権交代を迫る鳩山一郎ら一派を相手に辣腕を振るった。しかし、吉田の求心力低下を悟っていた緒方は、辞職覚悟で吉田の退陣を説得。事後処理に当たりつつ、ポスト吉田としての足固めを準備した。吉田退陣を受けて発足した鳩山内閣が与党・民主党の単独過半数維持に手を焼く中で、緒方が総裁を務める自由党との統合話が浮上。これにより、自由民主党が発足する。

しかし、その直後に緒方は病に倒れ急逝してしまう。健在ならば、鳩山の跡を受けて首相就任の可能性は決して低くなかったはずで、鳩山が取り組んでいた日ソ関係の行方や、その後訪れる60年安保、そして64年の東京オリンピックがどのような歴史の上で実現していたのか、少なくとも我々の知らない戦後史が描かれていたことは間違いあるまい。

このあと、「いだてん」が緒方のその後をどこまで追っていくのかも気になるが、緒方竹虎という人物一人にスポットを当てたドラマがあってもいいのではないか、とも思う。

「いだてん」には、知る人ぞ知る歴史の立役者があっちこっちに潜んでいる。主人公の田畑もしかり、緒方もしかり、同じ朝日新聞出身の河野一郎(演:桐谷健太、河野太郎外相の祖父である)もまたしかり。大正昭和は歴史ドラマとしては新参かもしれないが、戦国・幕末にも劣らない宝の山なのである。


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