小説 リ・ボン(2)

前回の(1)の続編です

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 新型肺炎の流行で人口の激減が発表されてから数ヶ月後に第3世代が発表された。今までは成人タイプのみの発売だったが、子供・老人タイプも製造された。新型肺炎で亡くした人とまた暮らしたい家族等に普及を目指した。

 ベータ版だった人間の記憶移行も正式稼働となった。

「メネスカーはこれからもずっと生き続けます。そして、みなさんが愛する家族はメネスカーに移行が可能となります。お近くのキッド・ストアで最高のスタッフが責任を持って移行します。そしてまた家族の生活を再構築することをここに誓います」

 プレムが自信満々に発言した。アンドロイドの死は考えていない。それは人権団体に対する回答でもあった。

 アンドロイドの記憶移行に対して反発を持つものも一定数現れた。

 韓国では人権団体とのつながりがあった与党が「記憶制限」を制定。人権団体からの圧力があったのではとの報道もあったが、儒教の教えが強い国柄か、いとも簡単に制定され、韓国でのメネスカーの普及率は一気に一桁台へ、キッド・ストアは撤退となった。

 着実に反発している団体が力を付けていた。それだけ同じ考えの持っている人間がいることでもある。

 生命の風は、この国の第一野党「雄和党」と関係があった。雄和党にアンドロイドの死について法を整備することを狙った。当時は与党の「共鳴党」が新型肺炎の流行時に薬品会社から献金があったというスクープがあり、支持率が下がっていた。そして、総選挙目前で、アンドロイドに対する反対勢力の票がほしい雄和党、韓国での勢いをこの国でも起こしたい生命の風の利害は一致していた。

 マスクを付けたニックは賛同する人々で溢れかえるホールの壇上で手を高々に掲げ、キッド社に宣戦布告をした。

「もう少しです。アンドロイドにも死を!人間の死には安らかな眠りを!」

 第4世代では人間の記憶移行をした際に発生する「記憶ズレ」を修正。

 マイナーアップデートだった。

 この頃は総選挙が終わっており雄和党による政権交代が実現していた。マニフェストに掲げていた「記憶移行制限」が議会で認証されるところまで進んでいたこと、アメリカでは「アンドロイドの発売」に関して人権保護違反であると判決した州も出てきた、フランスでは人間による「アンドロイドへの暴力」も発生。

 アンドロイドと人間による壁がジリジリと出来始めていることからマイナーアップデートで留めたのではとITメディアを中心に広がった。

 ここから一気にキッド社は数字を落としていった。生命の風のニックは満面の笑みをメディアに見せた。

「我々の勝利です」

 少し冷静になればなるほど虚しくなる。一つの勢力が一つの技術を消したのではないだろうか。結果が見えていないからこそ、どうなるのかわからないのが当然であるのに。私の中で消えそうで消えない靄が頭の中で広がっている。

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 公共放送の午後3時のニュース。

 男性のアンカーが黒色のスーツに灰色のネクタイを首元まで締めていた。

「午後3時のニュースです。今国会でアンドロイドによる記憶移行を制限する関連法案が可決となりました。与党の雄和党は前回の総選挙でこの関連法案の制定をマニフェストに掲げていたこともあり、早々と与党の賛成多数で可決しました。国会のサカイ記者です」

「雄和党の幹事長、西本幹事長は『この法案が可決となったのはこの国でのアンドロイドに対する不信感や死に対する考えを表明したものであり、可決できたのはとても喜ばしいこと』と記者団に話しており、『キッド社へこの国からの撤退を促す』とも話しており、テクノロジーの発展についても大きいインパクトを残しています。

 記憶移行制限関連法案は、主に4つの項目で制限が設けられます。1つ目にアンドロイドの記憶移行です。キッド社のメネスカーを代表するアンドロイドでは旧型から新型へ記憶を移行することが可能となっていますが、アンドロイドの死に関する配慮からこの国での移行を制限、実質禁止となっています。

 2つ目に故障時の記憶の取り扱いについてです。これまでは正規の取扱店で記憶をバックアップもしくは破棄することが可能でしたが、これからは国が指定した取扱窓口へ提出しデータの消去、破棄することとなります。

 3つ目には人間の記憶をアンドロイドへ移行することの禁止。キッド社のメネスカーは人間の記憶をメネスカーに移行できるサービスを行っていましたがこれらも禁止となります。

 最後に人間の記憶のバックアップ禁止。これらは人権団体である生命の風の意向が強く反映されており、人の死は一代までという考えの元、バックアップを取り扱う企業に対して廃業もしくは罰則を与えることとなっています」

「サカイさん、今回の制定でキッド社から反応はありましたか?」

「はい、キッド社からは今回の法案が可決されたことについてはまだ正式なコメントは出ておりませんが、一部の役員が『風を読みきれなかった』とコメントをしており、業績が悪化しているキッド社には痛手であることは間違いありません。また、人間の記憶を移行できる唯一のサービス・ハードウェアであったメネスカーを規制する動きはこれからのアンドロイドの発展を妨げるものであるとの声も野党から上がっています」

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ジュンはジリジリと頭に響く目覚まし時計の音で目を覚ました。寝ぼけながら手だけで時計を探し、アラームを止めた。うつ伏せの顔を無理に起こし時間を見ると朝の8時だった。ゆっくりと起き上がると頭が少し痛い気がした。

 奥の方でこつこつと音がする。ドアの方からだ。無言のまま、ドアの方を向いていると、「入るよ」と声がした。それにはジュンは答えなかった。立て付けが最近悪いのか甲高い音を立てて中にアツコが入ってきた。

「起きていたのね」

 黒色のジャージを着て、腕をまくっている。手が少し濡れている。

「おはよう、ママ」

「ご飯できているから403に来なさい。あと着替えてね」

「うん、わかったよ」

 アツコはドアをゆっくりと閉めた。ジュンは言われたとおりに着替えることにした。

 ジュンはこの部屋が好きだ。ベッドはキングサイズ以上、枕はふかふかとしていて寝心地はよく、ピンク色の掛かった壁がとても好きだ。他の部屋でも生活をしたがあまり馴染むことが出来ず結果この部屋に落ち着いた。

 ジュンは床に適当に放ったらかしたままの灰色のパーカーを着た。アツコと朝ごはんの待つ403号室へ向かう。

 

 アツコは403号室へ戻った。部屋の中では神田が目玉焼きを焼いていた。しわだらけのエプロンを律儀に着ていることに少し笑いそうになるのを抑えた。戻ってきたアツコに「ジュンは起きてた?」と聞く。

「起きてたわよ。ちゃんと目覚ましで起きたみたい」

「それは良い。いい傾向だ」

「でも、ちょっと頭が痛いみたいで、少しボォっとしていたわ」

「副作用か?わからないな」

「もう少し様子を見てみる」

 目玉焼きを3人分焼き上げ、皿に盛った。白色の皿に目玉焼き、ソーセージ、レタス、ベーコン、トースターで焼いた食パン2枚ずつ。最近の朝ごはんはこればかりだ。

「おはよう」ジュンが部屋に入ってきた。

「迷子にならなくて偉いな」

 神田がばかにするような言い方をすると、ジュンは少しムッとした顔をし、「バカにしないでよ」と言い返した。

「じゃあ、いただきます」

 神田の合図で3人は食べ始めた。皿とフォークがぶつかるような音がジュンから聞こえるが神田とアツコは注意をしなかった。5分もしないうちにジュンは食べきった。「ごちそうさま」

「速いわね」アツコが微笑みながら答えると、「だってもうすぐで15歳だよ。この量ぐらいすぐに食べ切れるよ」

「そうね。もうすぐで15歳になるものね」

「じゃあ、僕ゲームしてくるから」

 ジュンは部屋から飛び出すように出ていった。

「今日も集めに行くの」

 アツコは目玉焼きを口に含みながら神田に聞いた。神田は「そりゃあね」と当然のように答え、ベーコンを食べた。

「そろそろ行ったほうが。受取の時間は12時でしょ」

「ここから都市部まで1時間は掛かるから係のおじさんにキープしてもらうように頼んである」

「それなら良いけど。車で行くの?この前は車で行ったみたいだけど」

「たまたまここに車があったから燃料が切れるまで使おうと思ったけどだめだね。もう30年以上前の軽自動車だと使い物にならない。エンジンも空回りだし、まずバッテリーが無い。だから乗合バス」

「それとこの前は美品が手に入ったって言ったけど、相性は良くないみたいよ」

「ジュンはあれでも良くなっているさ。わかるだろ、この前は起きているだけでもやっとだった。今はこうして朝ごはんも食べきる」

 アツコはレタスに何度もフォークを刺していた。穴が広がり刺す場所が減っている。「もしだよ」と念を押すように神田を見ながらアツコは聞いた。

「もしこれで治安部隊にバレたりしたら」

 二人は目を合わせ、神田は鼻から息を漏らし、

「・・・禁固刑だろうね」

「・・・そう」

 アツコは少しうつむき加減になった。

 神田は朝ごはんを食べ終わった後に、灰色のパーカーを着て、黒色のニット帽をかぶり外に出ることにした。時間は9時だった。

「IDは持った?」スニーカーを履いているときにアツコが手を拭きながら心配そうに聞く。

「持った」

「乗合バスでしょ?現金持っていること、気付かれないように気をつけてね」

 神田はスニーカーを履きながら「ああ」と適当に返事をした。ポケットからマスクを取り出し、紐を耳に掛け、形を整えた後に立ち上がった。

「現金は大丈夫だとは思う。行ってきます」

 アツコの心配そうな表情は変わることはなかった。

 

 神田は近くのバス停まで歩いた。

 最近は10月に入り気温が一気に低下し始め、歩く人達全員がマスクをし、厚手の服を着ていた。バス停に到着すると、5人ほどがバスを待っていた。先頭の人は体の体温を逃さないように肩を窄め、自分の前の人は政府が発行する新聞を読んでいた。

 持ってきたIDをポケットから取り出し、汚れが無いか見ていた。IDはカード型で10年前に撮影された自分の写真が貼られている。この国ではバスに乗るにも、買い物をするにもこのIDが必要だ。

 決済はこのカード一枚で済む。当初は新型肺炎ワクチンを摂取したかどうかを管理するためのものだったが、徐々に機能が増え始めた。そして国民は所持するように義務つけられた。

 バスが到着するとバス入り口付近にあるカードリーダーにIDをかざした。リーダーのランプが青くなった瞬間に神田は少しホッとした。

 新型肺炎が流行してから鉄道・飛行機すべてに制限が掛かった。鉄道は地方と都市部を結ぶ路線はすべて営業停止、地下鉄も廃線。航空では国内線の旅客営業は全て停止、国際線は国家公務員や政府が指定したカテゴリーに該当する人物以外は搭乗できない。

残ったのはバスとタクシー、自家用車のみだ。ワクチン接種を済ませたIDを持つ国内の人間のみが利用できる。

 神田はバス移動が苦手だった。都市部に残っている人間は地方に移住できない貧困層であり、車内はとても治安が悪い。喧嘩やスリが横行し、バスやタクシーといった車のみの移動しか出来ないため道路は渋滞、時間は掛かるばかりだ。だからいつも、体を小さくして存在を消すことに努力する。

 都市部に近づくほど窓ガラスは割られ、コンクリートがむき出しになっているビルが多く現れる。それらを何度か見ては周りに気を使いながら神田はバスに乗り続ける。

「電気街」と付いたバス停で神田は降りた。一緒に何人かの人は降りたが、散り散りになって消えた。神田はパーカーのポケットに手を入れたまま歩きだした。

 目的地である雑居ビルに到着した。

 ビルには「町一番の品揃え」と切れ切れの看板が入口付近に付いている。入り口から雑居ビルの中へ入ると1階は灰色のタイルで一本の細い道がある。左右すべてシャッターが降ろされている。

 シャッターには当時のチラシが貼られている。繁盛していた匂いは今の所見つけることが出来ない。奥の方へ行くと階段がある。ホコリまみれの手すりを掴み2階に上がると照明は蛍光灯の一つや二つ程度しか付いていない。ただ、細い道の先にある一区画だけシャッターが上げられていた。

 その区画まで歩き、神田は顔を覗かせた。そこは大量の棚に部品がぎっしりと入れられている空間。中央に一人の男性が本を読みながら座っていた。

「この前はどうも」

 神田が男性に声を掛けると神田の方に顔を上げ、「おう、これはどうも」とにこやかに返した。

「ここっていつもこんな感じですか」

「そうだね。照明を付けちゃうと気づかれてしまうからね。あと節電だ」

「こういうお店があって助かります」

 ここは部品屋。家電や車の部品といった部品を取り扱う。今では流通しない昔の部品もここでは乱雑に置かれている。この男性はこの店の店主だ。

「あんたも大変だな。メネスカーの修理をしているって、今は殆どいないと思うぞ」

「確かに大変ですけど、やらないと誰も取り組まないと思うので。最近は家族の記憶を移行してほしいって」

「それは偉い。俺にはできない」

 店主は笑って話した。神田も釣られて顔を緩めた。

「前回はいきなり商品の取り置きをお願いしてすみませんでした」

「良いよ、良いよ。人は滅多に来ないから。久々に商売をした気分だよ。そうだ、倉庫に商品があるからちょっと待ってくれ。そこら辺の商品でも見ていてくれ」

 店主は後ろの方にある扉から倉庫へ向かった。神田は棚に飾られている商品を見た。乱雑に置かれ、適当に値札を付けられている。値札は日焼けしたのか茶色に変色している。

 今では希少価値の高い部品が並んでいる中で、「メモリーカード 30000」と書かれた商品を見つけた。目を細めてみると部品には「Kid. Mennesker 3rd」と書かれている。

「お待たせ。お、どうした」

 まじまじと見つめている神田に対し店主は少し驚いた様子だった。

「このメモリーカードは」

「ああ、それはメネスカー第3世代のやつさ。それがどうした?」

「第3世代のメモリーカードは性能が良い。どの世代とも互換性があり、容量も大きい。規制前に発売されたものなので、今は手に入りづらい」

「それは知らなかった。そうだ、先にこの会計を済ませよう」

 店主はダンボールをテーブルに置き、テープを剥がし中身を取り出した。

「メネスカー第3世代のケーブルとコネクタ部の部品だ。これで一万としよう」

「割引なんて。1万5千払います」

「別に大丈夫さ。これからも助けてあげたいからね」

 店主は満面の笑みを見せた。

(3に続く)

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