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士業、広告会社、市民それぞれから見たIT化

深澤 諭史
弁護士
士業適正広告推進協議会 顧問

1.はじめに

あらゆる場所、業務、分野において、インターネット、コンピュータの導入が進められています。

昔はOA(オフィスオートメーション)化といわれ、最近はIT化といっていましたが、その言葉はもう古く、DX(デジタルトランスフォーメーション)というのが最近の用法です。これは、もちろん、私たち士業、特に弁護士業においても、やや遅ればせながら大きな変化が生じています。

法曹界の外も含めて少し話題になったのが、司法試験のCBT(Computer Based Testing)導入でしょう。これまで、10時間を超える試験時間において、延々とボールペンや万年筆を握りしめて答案を作成していましたが、試験会場に用意されたパソコンで答案を作成することができるようになり、負担の軽減、合理化が期待されています。

実務家はパソコンで書面を作成しており、実務家登用試験である司法試験がCBTになるのは、当然の帰結ともいえます。

裁判においても、Web会議といって、インターネットを利用したビデオ通話で裁判所と双方の弁護士が参加して審理をする、という方法が活用されています。この審理方法は、コロナ禍で爆発的に普及し、今では、双方に弁護士がついている場合では、行う事が当然のこととなり、すっかり定着しました。

これまでも双方に弁護士がついている場合、弁論準備といって、法廷ではなくて会議室で事前に準備をした上で、争点や証拠を整理し、法廷を開くのは、最初と最後くらい、ということも珍しくありませんでした。それをインターネットを利用してさらに合理化したもの、ともいえます。

士業広告との関係で言えば、弁護士広告の解禁は、インターネットの普及期と重なり、インターネットで弁護士広告を見ない日はもうない、というくらいに普及しました。弁護士同士、広告会社同士でも、熾烈な競争が日々繰り広げられています。

さて、このコラムでは、このIT化で、士業特に弁護士、広告会社、そして市民にどのようなメリットがあったか、その一方で、この時代に適応するにはどういう点に留意が必要か、いわばメリットと新時代に求められる能力や課題について、概観することとします。

IT化に必要な能力、という話ではなくて、そのIT化の時代においてうまくやっていくための心得、留意点について取り扱うという趣旨です。

そして、ここのポイントは、供給側である士業や広告会社はもちろんのこと、利用者にもメリットだけではなくて、賢い消費者になるためには注意が必要だろうということです。この点についても触れてみたいと思います。

なお、IT化という言葉はもう古いのですが、ここではなじみあるIT化という言葉を使います。

2.司法のIT化の現状

基本的に民事裁判というのは、原告と被告とがお互いに、自分の主張と証拠を書類で出して、それを見て、裁判所が争点や主張を整理しつつ、疑問を双方にぶつけ、双方がそれに対応していく、という流れで審理が進んでいきます。

裁判には、口頭弁論主義という原則があります。法廷で話したこと以外は、裁判の基礎にはできないというルールです。裁判の公開であるとか、当事者への不意打ち防止とか、審理の充実とかが理由とされています。

実際には、事前に提出した書面(準備書面といいます。)のとおり陳述すると宣言するだけで、長々と読み上げることは稀です。ですが、口頭弁論主義という原則があるので、それでも、弁護士は原則として法廷まで行く必要があります。それこそ、1分で終わる期日のために、はるか遠くの裁判所まで赴く、ということもかつては珍しくありませんでした。

さすがにこれは不合理であるということで、非公開の準備手続についてはビデオ通話で行える、公開の法廷についてもビデオ通話で参加できるようにする、書面もファクシミリではなくてインターネット経由で提出できるようにするなどの、改善が導入されているというのが昨今の状況です。

私も、ビデオ通話で裁判に参加することはよくありました。私が東北や四国の裁判所の手続に参加し、逆に、先方が北海道の弁護士で、東京地方裁判所で手続に参加、ということもありました。

このように、場所の制約を超えて、遠方の当事者同士が、遠方の弁護士を使って(つまり、弁護士を自由に選択し)裁判手続を利用できるようになった、というのが昨今の状況です。かならず、弁護士に直接会わないといけない、かならず、法廷に何度も行かないといけない、となると、このような弁護士選びの自由はなくなりますから、市民にとって大きな利益といえます。

3.弁護士の立場からのメリットと課題

弁護士からすれば、移動時間を費やすことなく、裁判に参加ができるわけですから、非常な合理化が期待できます。移動の時間、法廷での待ち時間といった仕事が出来ない時間を減らすことが出来ます。この時間を、更に仕事などに割り当てれば、より多くの仕事をしたり、依頼者により丁寧に説明をしたり等、利用者側からみたメリットも大きいものがあります。

また、日本中の依頼者から受任するということが出来るのも、大きなポイントです。裁判手続のIT化で、遠くの裁判所での裁判にも参加しやすくなりました。また、ビデオ通話や、電話などを駆使して、来所しないで面談、相談、打ち合わせも可能になりました。そうして、遠方の依頼者から受任するハードルはかなり低くなりました。

特に、自分の専門分野、得意分野について、日本のどこにいる依頼者からも受任できることは大きなメリットです。自分の興味関心のある分野を多く受任して、腕を磨けるのは専門職として大変よいことです。たとえば、私は、インターネットトラブルに注力している弁護士ですが、依頼者の過半数は東京都外です。

一方で、便利で楽になっただけかというと、そうではありません。日本中から受任できるということは、これまで、近くの弁護士ということで依頼してくれていた人々が、自分以外の遠くの弁護士に依頼する可能性も出てくるからです。要するに、競争が地元区から全国区に広がる、ということです。

それでも、すぐ近くの弁護士、すぐに会いに行ける、という強みに計り知れないものはあるでしょう。ですが、これまで遠方の弁護士に依頼することが現実的でなかった時代と比べれば、近くにいるということは、数多くある弁護士の強みの一つにすぎないものになったといえます。

加えて、ビデオ通話や電話で法律相談をするのであれば、複数回することも現実的になります。直接面談であれば、そう何人も弁護士と相談してから依頼先を決めるということは稀です。交通経路を調べ、移動するには時間がかかりますし、土日夜間の相談ができないなら、自分の仕事を休んで相談しにいかないといけません。

しかし、ビデオ通話等、リモートの手段で相談をするのであれば、そのような負担はありません。複数の弁護士に相談をして、説明への納得感とか、そして相性(弁護士、特にいわゆる一般市民の案件を主に受任する私たち街弁の間では、事件との相性より依頼者との相性が大事であるということは大事な常識でもあります。)で選ぶことが出来る、弁護士からすれば「大勢の候補から、比較され選ばれる」立場になる、ということです。

実際に、都内の広告を多数行っている法律事務所所属の弁護士から聞いた話ですが、「最初は地元のすぐに会える弁護士に相談したが、何か怖くて冷たかった。なので、そちらに依頼した。」と言われたことも、一度や二度ではないそうです。

依頼者に試される機会が増えた、というのは、IT化時代の弁護士にとっての新たな試練、そしてチャンスであるといえます。

4.広告会社の立場からのメリットと課題

士業同士が全国区で競争をしているのであれば、その競争に打ち勝つツールである士業広告の需要はますます大きくなります。これは、広告会社にとっての大きなメリットでしょう。

また、士業広告を目にしない日はない、ということをいいましたが、それだけあふれているということは、差別化をしないといけない、逆に言えば、差別化すれば、顧客(士業)にアピールできる、というのもメリットでしょう。

一方で、士業同士が熾烈に競争をしているということは、広告会社についても同じです。魅力的な提案をしないと依頼してもらえないですし、仮に広告を出しても依頼に繋がるか、その見込みがないと、なかなか士業も首を縦に振ってはくれないでしょう。

また、インターネットにおいては、あらゆる商品サービス、そして広告は論評の対象となります。広告方法や表現内容に問題があれば、批判が集中する、いわゆる炎上が起きることもあります。特に信用第一の士業にとっては避けたい事態です。内容については慎重を期す必要もあるでしょう。

市場そのものは巨大化したが、反比例して気をつけないといけないところは細かくなったというのが広告会社の立場だと思います。

5.市民の立場からのメリットと課題

市民からすれば、大勢の士業から選べるようになった、ということは最も大きなメリットでしょう。司法手続のIT化で、弁護士は遠方の事件も処理し、遠方の依頼者からも受任できるようになりました。

これは、市民からすれば、大勢の弁護士から自由に選べるということです。もちろん、これまでも自由に選べましたが、まさか弁護士が処理の出来ない事件を受任する訳にもいかず、現実的な「自由」ではありませんでした。

さらに、弁護士と市民との間の相談方法、連絡方法も、遠隔地から行うことも可能になりました。そうすると、もう何度も法律事務所に行くのは無理、だから、最初の弁護士で決めてしまおう、というようなことも避けることができるようになりました。

弁護士は仕事で裁判をしていますから、平日の昼間に法律相談をすることに問題はありません。ですが、利用者である市民は、仕事で裁判するわけではないですから、平日の昼間に出向くのは大変なことです。その大変さが奪っていた選択の自由が保障されるのは、市民にとって大きなメリットであるといえるでしょう。

一方で、選べる自由があるというのは、選ぶ責任があるということでもあります。広告は基本的によいことを言いますから、ここは賢い消費者として、慎重に見る必要があります。これは、士業広告に限ったものではない、あらゆる広告に共通する問題ですが、滅多に依頼しない、善し悪しの判断が難しい、という自由競争が成立しにくい事情が士業にはあります。そういった中で、選べる自由と責任を負担することは、市民にとって簡単なことではありません。

また、弁護士とは相性が重要という話をしましたが、この相性だけで選ぶと落とし穴が待っているかもしれません。やたら人当たりがよい、都合の良いことばかりをいって「寄り添って」くれる、でも依頼した途端に、連絡も取りづらくなって「塩対応」、そんな弁護士の苦情をなんどか聞いたことが、筆者もあります。

弁護士が増えて、弁護士広告も増えて、競争が大変という話はよく聞くところです。ですが、こういう売る側の競争だけではなく、買う側の競争も生じているのが、現状でしょう。

6.まとめ

見てきたとおり、IT化といっても全てバラ色というわけではなく、なかなか大変な課題を、士業だけではなくて利用者である市民にも突きつけているのが現状です。

ただ、それでも、弁護士を自由に選べる、選択できるということは大事ですし、弁護士からすれば、事件の種類を選べる、専門特化できるというメリットはとても大きいでしょう。それは、必然的に全体の処理レベルを引き上げる結果にもなります。これは、市民の利益だけではなく、法の支配を実現する上でも大事なことです。

ただ、市民に選ぶ自由と共にその責任をどこまで負わせることができるのか、自由競争の建前(勘違いしている人も多いですが、自由競争というのは、売る側だけの問題ではなくて、買う側の問題でもあります。)からすれば、選択の失敗は自己責任です。ですが、市民にどこまでそれを要求するべきか、バランスについての議論は、もっと深まってもよいかと思います。

以上

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