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碌でもないからこそ
ウチの鍼灸院がある大阪・京橋界隈は、時に「怖い場所」と称されることもがある。
まぁ、あんまり上品な地域ではない。
昼間っから飲める店も多いし、猥雑な雰囲気ではある。
路上飲みしてるシニアグループもいる。
上品ではないけど別に怖くないし、暮らしやすいと私は思うんだけど、
上品な環境で生まれ育ち、朝から飲むような人たちが身近にいない環境しか知らない人からすれば、異質に感じるのだろう。
何年か前、ご主人の転勤に伴って地方から大阪に越してきたという患者さんがいた。
慣れない環境下でのストレス、きちんとした性格ゆえのしんどさ、そんなのがあって来院してくれてたのだけど、
ウチに来る途中、路上飲みをしているシニアグループを見かけたそう。
道端で缶ビールやら缶チューハイ飲んで、タバコ吸って、身なりもそんなに良くはない。
でも、みんなが笑って楽しそうにしている様子を見て彼女は、
「あ、私でも生きてていいんだ」
と思ったそう。
それまで「きちんとしなきゃ。いい加減なことして生きてちゃいけない」と
強迫観念のような思い込みがあったらしいのだけど、
職業不詳・どうやって生計立ててんの? な人たちが楽しそうにしてるのを見て、「許されるんだ」と思ったのだと言う。
言っちゃ悪いが「碌でもない人たち」ではあるのだよ、彼らは。
でも、碌でもないからこそ、役に立つこともあるんだなぁと、その時私は思った。
自分とは異質なものや人や環境と、馴染むことは難しい。
実際に深く関わるとややこしくなりそうだけど、
距離をとった場所から見ることは、時に助けになる場合もある。
碌でもないものが、誰かの肩の荷を下ろさせることもある。