
絶え間を見せない促し合う爪痕
傷つけることなく、
しかし消え去ることもなく、
応酬する問いかけが連鎖し、
己の存在を押し広げるために、
互いに擦れ合い、軋み、促し合う。
交錯する声が切り結び、
魂の住処たる物質的現実に
深く刻まれる。
ただ、絶え間なき衝突と再生の連鎖が
沈黙の余白に爪を立てる。
言葉は深く沈み、皮膚の奥で疼く。
それでも、痛みがある限り、
見えざる手が交差し、
無音の衝突が余白に刻まれる。
時の皮膚を裂くもの、
それは爪痕と名付けられた沈黙。
爪痕は過去に現象の
遊動的な発生を持たないからこそ、
自在に変化する動き。
未来を裂き、現在を促す。
その痕跡は傷口にあらず、
軌跡であり、呼び水であり、
未完の意志が滲み出す裂け目。
ゆらめく事象の縁をなぞる指が
「ここに在れ」と囁きながら
すでに無いものを確かめ、
いまだ無いものを呼び込んでいく。
爪痕は呼応する。
互いに触れ、確かめ、
揺さぶり合いながら
時の膜を破り、編み、絡ませ、
断絶の狭間に橋を架ける。
促し合う爪痕は風の軌跡に似ている。
目には見えずとも、肌は覚えている。
どちらにせよ、未来はそこから滴る。
ひとは軌跡を刻む生き物である。
それは意図せぬ筆跡のように、
触れるものすべてに微細な溝を残し、
やがて見えざる風のように、
過去と未来を擦れ違わせる。
足跡は砂の上で消え、
言葉は耳の奥に沈む。
されど、残るものがある。
皮膚の下、あるいは、心の隙間に、
促し合うようにして爪痕は刻まれる。
それは痛みの名を借りた対話であり、
共鳴する触覚の交響であり、
深まる溝が次の軌跡を導く契機。
裂かれた沈黙が呼ぶ未来、
形態と空白の邂逅点は、
次の爪痕を約束しながら、
再び世界の肌に触れる。
かつての傷は静寂を抱きながらも、
いまだ沈黙することを知らない。
皮膚を貫くは連綿と続く必然。
未来をも刻む鋭い書記、
時間の向こう側でさえも
形を変えて忍び寄る、
目には見えぬ陥穽。
指先に残された微かな跡は、
消えることなく、
むしろ次の動きを誘う。
傷つけるための傷ではなく、
導くための刻印として。
まるで言葉が言葉を誘い、
問いが問いを生むように、
ひとつの爪痕は次の爪痕へと
繋がってゆく。
もしも、ひとつの爪痕が
痛みの証であるならば、
その痛みはいつ終わるのか。
もしも、それが不可解な必然として
拡がる軌跡であるならば、
その軌跡はどこへ向かうのか。
誰が最初の爪痕を刻んだのか、
もはや思い出せない。
それでも、その痕跡は生き続ける。
促し合い、競い合い、
互いを促進させながら、
絶え間なく、終焉を許さぬままに。
そしてある時、私たちは気づく。
爪痕を刻んでいたのは、
己の手だけではなかったことに。
時の手、意識の手、記憶の手、
無数の手が、名もなき意図をもって
傷を重ねていたことに。
そうして、この世界は綴られていく。
爪痕という名の文章で、絶え間なく。
互いの背に刻まれた線、
裂け目とも繋がりとも知れぬその軌跡は、
沈黙のうちに交わされた語られぬ約束。
触れれば痛み、離れれば焦がれる。
影は影を求め、触れれば溶けるが、
追えばまた滲む。
足音は軋む床に沈み、
言葉は刃のように咲く。
指の先は未だ疼く。
沈黙を破るたびに、
爪痕はまた新しい呼吸を刻む。
夜を裂くものたちの囁きが、
沈黙の肌に傷を置いてゆく。
刻まれた線は、過去の音を秘めたまま、
未来の鼓動に呼応する。
ひとつの爪痕が別の爪痕を促すように、
裂かれたものは、
さらなる裂け目を求める。
喪失と創造は、刃の両面に宿る概念
あるいは、それ自体が
爪を持つ生き物のように、
傷つけながら、
同時に己を刻み込む行為
そのものなのかもしれない。
秩序を紡ぐ手は、
その継ぎ目に宿る美に心奪われるのか、
それとも、 断絶という現実にこそ、
存在の本質を見出すのか。
その絶え間なき促しが、
無音の叫びとなって
世界の表面を撫でるたびに、
誰かの指先は、
さらなる刻印を求める。