EUで広まる気候危機の市民キャンペーン「欧州気候協定(European Climate Pact)」
英スコットランド・グラスゴーで国連気候変動枠組み条約 第26回締約国会議(COP26)が開催され、世界でも気候危機の関心が高まっています。
そこで今回の記事では、欧州連合(EU)で昨年から始まっている欧州気候協定『 European Climate Pact 』の取り組みについて、駐日EU代表部の一等参事官(気候危機・エネルギー・交通担当)、ヘイディ・ヒルトゥネンさんに詳しいお取り組みについてインタビューしました。
ヘイディ・ヒルトゥネンさん
一等参事官(気候危機・エネルギー・交通担当)
フィンランド出身。タンペレ大学理学修士(国際関係)。駐中国欧州連合(EU)代表部、欧州委員会気候行動総局勤務などの後、2018年より現職。
ー 『 European Climate Pact 』はどのような取り組みなのでしょうか?
ヒルトゥネンさん:
EUは、2019年11月に成長戦略『欧州グリーンディール』を発表いたしました。これは経済全域に渡る大きな政策で、欧州全体を脱炭素化するということを目標に掲げています。ここでの主な目標ですが、欧州を世界で初めて気候中立な大陸にすることと、2050年までにそれを実現することを掲げています。
2050年に脱炭素化を実現するには、経済全体で転換をする必要がある、つまり生産方法だったり、人々の暮らしそのものが、大きく根本的に変わらないといけないというのが背景にあります。
2030年に、EU域内での温室効果ガスの排出量を1990年比で少なくとも55%削減する中期目標も掲げています。今年の7月に欧州委員会が新しい法案のパッケージ「EU Fit for 55」という提案を行いました。また、欧州気候条約「European Climate Pact」のなかでも、いくつかの取り組みが提案されています。
これらには、気候変動に関する啓発活動に取り組むこと、気候変動の否定や誤った情報に対抗すること、市民対話の場をオンライン形式で主催することなどが含まれます。
ー European Climate Pactの目的は?
ヒルトゥネンさん:
目的は、地域社会、市民、若者、学校、企業など、あらゆる分野の人をより多く巻き込んでいくこと、気候に優しい環境をつくり、2050年までの気候中立達成を目的としています。
このような大きな目標のもと、経済の大きな転換を図るには、まさしく日常生活が変わっていかなければいけません。それは人々の消費の仕方、購買する製品、ゴミのリサイクル、モビリティ、移動の手段、すべてが変わらないといけません。それは、法律だけでは成し遂げられず、地域社会の人々や個人の取り組みが必要だと考えています。
ー 具体的にどんな取り組みがなされていますか?
ヒルトゥネンさん:
現在欧州委員会は、この「欧州気候協定」の一部として発足した各種取り組みに対し、調整役となっています。欧州委員会には気候政策を担当する部門があり、ここにこの「気候協定」イニシアティブの調整を行う職員がいます。これは、国に例えると「気候省」のようなものです。
また、気候行動総局が中心となって広報を担当しています。その一方で、さらに欧州委員会の「エネルギー総局」が、再生可能エネルギーに関する視野を広げていくことを支援していたり、プロジェクトを進めています。
市民が参加する方法は、1つは「気候アンバサダー」になることです。気候危機の問題にアクションを起こすリーダーになりたい人が応募して、「Climate Pact Ambassador」の称号を与え、地域社会に展開する役割を担っています。
欧州気候条約専用WEBサイトでは、市民がこの活動の参加を宣言でき、年1回恒例イベントに参加できるようになっていたり、人々の情報やベストプラクティスを交換していくということを促してしています。
日本にいても、気候行動に関わっている人なら誰でも希望すれば参加できるようになっています。気候アンバサダーは、地域社会全体や企業・一般市民などが温室効果ガス排出削減を宣言するのを促し奨励する役割を果たします。
欧州気候協定では、「グリーンモビリティ(移動)」「グリーンなビルディング(建物)」「グリーンスキル(グリーンエコノミーの技能の習得や再訓練)」「グリーンエリア(緑化)」4つの重点分野を決めています。
同協定には、「①Science, responsibility and commitment:(科学・責任・コミットメント)」「②Transparency(透明性)」「③No greenwashing(見せかけの環境活動はしない)」
「④Ambition and urgency(野心と緊急性)」「⑤Action tailored to local contexts(地域の文脈や背景に合わせた行動)」「⑥Diversity and inclusiveness(多様性と包摂)」という6つの価値観というものがあります。
さらに、Climate Pactでは一般市民に温室効果ガス排出の削減に貢献する行動を宣言するよう呼びかけています。具体的に挙げられた16のアクションは、「移動での航空機使用の縮小」「責任ある金融機関やファンド投資の選択」「電気自動車(EV)の購入」「再生可能エネルギー供給の多い電力会社への切り替え」
12のプロジェクトの総予算は2億1550万ユーロ(約281億円,2019) 出典/EU Climate Action facebook
「自宅の断熱の改修」「部屋の暖房設定温度を1℃以上下げる」「仕事で大きな変革を起こす」「食品廃棄物の削減」「新品購入ではなく修理や再利用」「政治家にこれらの宣誓内容を支えるための行動やインフラ投資を要請」「より多くの野菜を摂取」
「新しい服を買うのを控え、使えなくなるまで着る」「旬の食材を食べる」「自宅に太陽光発電パネルをつける」「友達と気候危機対策について話し、行動を促す」「徒歩や自転車の活用」です。
Climate Pactで取り得る3つめの行動は、気候危機に関して学ぶイベントに参加することです。協定のサイトでは、市民や企業、市民社会が、自身が開催するイベントを登録できるようになっています。
例えば持続可能な建築に関するイベントや、オーガニック農業やワインに関するイベント、COPに市民意見を出す方法のイベント、持続可能な観光に関するイベントなど、さまざまなものが開催されています。
いろいろな言語対応をしているすごろく(ダウンロード可能) 出典/EU Climate Action facebook
ー 活動の成果はどうでしょうか?
ヒルトゥネンさん:
まだ発足から日が浅いので、この取り組みの成果を見極めるには、もう少し経ってから判断する必要があると思います。政策立案者だけで進めるものでなくて、市民一人ひとりが貢献できる場を設けるということでたくさんの人が集まっており、EUの外の国からの参加もあって、高い関心があることがわかります。
学生によるプロジェクトや、排出量を削減するための農業の仕方を変えるプロジェクトだったり、再エネのプロジェクトなど、多種多様なプロジェクトがあります。多くの人びとやプロジェクトが交流しながら広まっていっています。
ー アクションを起こすためのインセンティブはありますか?
ヒルトゥネンさん:
活動が目に見えるようになって活動が多くの人に認知されること、似た活動をしている人が繋がれるということがあると思います。自分のやっていること、ストーリー、経験が共有されて、それが広がって、ムーブメントになることがインセンティブとも言えるかもしれません。EUの外の国からの参加もあって、高い関心があることがわかります。
ー 気候危機の懐疑論者への対応はどのようにしていますか?
ヒルトゥネンさん:
欧州の中では非常に少ないと言えます。政府間パネル(IPCC)の気候危機に関する最新レポートが発表されましたが、科学者のメッセージも非常に明確で、
気候危機は実際に起こっているし、人為的なものであることもわかっているので、何らかの対策を取らないといけないと、いうことが欧州では幅広く認識され、気候危機が起こっていることを否定する人は非常に少数だと思います。
欧州は市民活動が非常に活発で、実際に政治でも欧州議会でも、緑の党(グリーンパーティ)が活躍しています。そこからもわかりますが、人々の環境問題を認識しています。
また、欧州が世論調査を行いまして、世界でもっとも重要な問題は何かを聞いたら、必ずランキング上位には「気候危機」が入っています。つまり、市民が取り組まなければいけない問題だと理解されてきていますし、そのための政策立案も求められています。
出典/An official website of the European Union
ー 今の日本をどのように感じていますか?
ヒルトゥネンさん:
日本では市民活動が増えていますし、メディアでもNGOがどんな意見を持っているか気にかけているところで、ポジティブな変化を感じています。私も日本に来て数年経ちますが、学生も含めてみなさんの活動が増えていて、関心が高まっている、勇気づけられる気持ちでいます。
日本でも台風だったり、豪雨だったり、土砂災害の頻度が上がっていることで、人々が気候危機が異常気象とつながっていることに気づき始めていると思います。こういう問題を話すことがだんだん主流になってきています。
また、若者たちの活動への意欲が高まっていることも感じています。若者たちが意識の向上に働きかける、非常に重要な役割を担っていると思いますし、欧州でもそういう役割を担っていると思います。
ー 日本へのメッセージをお願いします!
ヒルトゥネンさん:
気候危機は私たちにとって重要な問題であり、私たちの子どもたちにも大きな影響を与えます。そのメッセージを、EUと日本双方の政治家は真摯に受け止めないといけないと感じています。
日本政府に関しても、問題に関して取り上げることも多くなってきていて、実際に昨年の10月には当時の菅義偉首相が2050年までに気候中立を目指すと目標に掲げ、これは、2030年までに排出を2013年比で46%削減するという目標と併せ、岸田政権に引き継がれました。
EUと日本双方が2050年までに気候中立を目指すという共通の目標を持った今、両者は互いの政策の調整に向けて努力すべきだと思います。また、EUと日本双方の市民や企業などステークホルダーも力を合わせて、この重要な目標の達成に取り組んでいくことを期待したいです。
気候危機の問題が政策の重要な位置付けになってきています。気候危機が全ての国で選挙や政治の争点になることも大事なことだと思っています。
大きな転換をするにあたって、法案を提案するだけでは明らかに不十分です。この重要な目標に向けてさまざまな分野の人が協力して、一緒に取り組んでいくことが何より大事なことだと思っています。
<参考リンク>
EU Fit for 55